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冥府への玉座 第16話

最終章 地の底からの芽吹き

2. 感奮興起で向かう故国

 瞼の裏にあたる陽が眩しい。
ポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスが目覚めた場所は、幼い頃、城を抜け出しては二人で訪れていた『エンゲルの丘』の上だった。
 もう二度と、この丘を訪れることができないだろうと思っていた。こうして、また二人でこの丘に戻ってくることができた奇跡に感謝した。

 人は、生きていくためには、幾度となく選択を迫られる。上か下か、右か左か。その選択を誤れば、生死にかかわることも多くなる。
 ここに戻ってくるまでの選択は、けっして誤ってはいなかったと思えるのは、ハフェンベルグ王国に帰還してから判別できるはずだ。
 そのためには、宣言しなければならない。
「私は、王であることを放棄する」 
   と、ポーランツ王子は『エンゲルの丘』の上で叫んだ。

 それは、ハフェンベルグ王国が君主制の廃止を意味する。当然、貴族家臣たちの反発があるだろう。それには国家として安定した収入確保が必要になってくる。他の共和国との講和条約を締結をすすめ、貿易をすすめる必要がある。ポーランツ・フォン・カールには考えがあった。
「ラシエナガ城へ戻る前に行きたいところがある」
 白馬の騎士ヴァイスは、眉間にしわを寄せてポーランツ王子を見た。
「ここまで来て、どこへ寄ろうっていうんだ」
 ポーランツ王子は、肩を上下させるほどの大きな息を吸うと、その吸ったたくさんの空気を吐き出すかのように言った。
「キャリコダウン国へ向かう」
「何だって⁈」
 と言って、白馬の騎士ヴァイスは目をむいた。
「ケネスが戻っているのなら、もう無駄な戦を回避しようと提案する」
「……」
「そして、経済援助をする」
 ポーランツ王子は白馬の騎士ヴァイスを横目に、平然と言ってのけた。
「なぜ、そこまでケネスに肩入れする」
 と、白馬の騎士ヴァイスは苦い顔で訊いた。
「お前だってわかっているクセに」
 白馬の騎士ヴァイスは口をきつく閉じた。
「あの国は、どうあがいても豊かにはなれない。だから、他国への戦や王族の略奪を繰り返していく。生きていくために」
 と言って、ポーランツ王子は『エンゲルの丘』を降りていった。
「白馬がいるぞ」
 白馬の騎士ヴァイスもポーランツ王子の後に続いた。オリバーかもしれないと白馬の騎士ヴァイスは思った。

 愛馬オリバーとの再会もそこそこに、ポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスはオリバーに跨ってキャリコダウン国へ向かった。
 白馬の騎士ヴァイスは複雑な気持ちを抱えながら、愛馬オリバーの手綱を握るポーランツ王子に落馬しないようしっかり抱きついていた。彼の背後にはいるが、今は守っているのではなく、この先、騎士である自分とハフェンベルグ王国を守るため、疾走しているポーランツ王子が頼もしく感じた。

 しばらくオリバーを走らせていると、キャリコダウンの城が見えてきた。城の周りは、相変わらず荒涼とした土地が広がっていた。
 下から城を見上げると外観こそ変化してはなかったが、しかばねのような趣は消えていた。
「ヴァス。先に行ってくれ」 
 そう言ってポーランツ王子はオリバーから下馬した。
 愛馬オリバーに跨った白馬の騎士ヴァイスが手綱を握ると、カツカツと蹄を鳴らしながら城門をくぐった。そのあとを、ポーランツ王子はしずかに入城した。
 番人がペヒナーゼから覗き込み、馬上の白馬の騎士ヴァイスの顔を確認してから言った。
「レインブーネ様」
「客人を連れておるので、急ぐ」
 何事もなく通過できたのが白馬の騎士ヴァイスの顔つきによるところも大きいが、二人が冥府の村シーオルから戻れた際に身につけていた黒い装束のおかげだったと、ヤシブたちに礼を言いたかった。
「とにかく、パラスへ向かおう」
 ポーランツ王子が中庭へ出ると、小さな畑のようなところでしゃがみこんでいる男を見つけた。その男は、白いチュニックシャツを身に着けていて、春の陽を浴びた金色の髪をかきあげていた。
「ケネス!」
 ポーランツ王子は大きく声をかけ走り寄った。
 
 もう三人の間には、憎悪の感情は消えていた。
 ポーランツ王子は漆黒の騎士ケネス・レインブーネにヴィーダ修道院から降り立ったあと、このキャリコダウンに来るまでのいきさつを簡潔に伝えた。
「本当だったら、にわかに信じがたい話だが、私自身も経験し見てきた事実であるからな。現にあなたは生きて戻ってきた」
 漆黒の騎士ケネスが、柔らかみのある笑顔をポーランツ王子へ送った。
「すまなかった」
 と言って、白馬の騎士ヴァイスへ顔を向け謝罪した。
「ああ」
 白馬の騎士ヴァイスは動揺していることを隠すように微笑み答えた。

 ポーランツ王子は、白馬の騎士ヴァイスも含め漆黒の騎士ケネスにこれから先の大陸の統治と維持についての計画を語った。
「サファイアをキャリコダウン国に供給するって、もう手元には一粒も残っていないぞ」
 白馬の騎士ヴァイスが言った。
「それは……私が何とかする」
 ポーランツ王子はそう言って下を向いた。
 白馬の騎士ヴァイスはそれ以上は訊かなかった。そのやり取りを静かに見守る漆黒の騎士ケネス。

 ポーランツ王子の考えた計画は、胴欲をかいたため奈落の底へ堕ちたキャリコダウン国執政ソレル・ラナキュスがハフェンベルグ王国から持ち込んだ薬学や医術を活かし、国全体を医術施設として活用するというもの。ポーランツ王子が提供するサファイアを医術用の針や医術ナイフとして加工し、利用する。城周辺の道を病人などが搬入しやすいように整備し、キャリコダウン国周辺諸国からも来訪できるようにするというものだった。
 ポーランツ王子の計画を真摯に聞いていた漆黒の騎士ケネスが訊ねた。
「なぜ、そこまで尽くしてくれるのだ」
 漆黒の騎士ケネスに問われたポーランツ王子は、彼が持つ美しいサファイアの碧い瞳で見つめて答えた。
「家族だからだ」
 漆黒の騎士ケネスは言葉を失い、白馬の騎士ヴァイスは胸が締め付けられるような感覚になった。

 数日ののち再び交渉に訪れることを告げ、ポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスはキャリコダウン国をあとにした。
 ハフェンベルグ王国での交渉は、自国でありながらキャリコダウン国のようにはいかないだろうと、ポーランツ王子は思った。だから、余計に燃え上がる。この国を、この大陸を、生きやすい世界にするために。
「さあ、わが故国、ハフェンベルグへ帰ろう」
 ポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスはオリバーに告げて走り出した。
 




 

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