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海辺パレットの二人

 彼女は、赤い海原を漂っている。浅瀬の生暖かい水流に身を任せ、楽しんでいる。穏やかな微笑みを湛え、時の流れを楽しんでいる。少なくとも、僕にはそのように感じた。
 地球の、どこの浜辺だったか忘れてしまったが、まだ、空も海も、僅かな青色の配色が残されていた時代。僕は、十三歳になったばかりの彼女を連れて行った。僕は十五歳と三カ月が過ぎた時だった。
 波打ち際に立った彼女が、不意に服を脱ぎ、白波へ立ち向かって走って行った。
「早く来なさいよ」
 快活に笑う彼女に見とれている僕。
「いま、今行くよ」
 僕らは、海が茜色に染まるまで時を重ねた。

「僕が、海の色?」
「ブライトン・ブルーって色を知らない?」
「知らない」
 僕よりも二つも年下のスノウは、快活なだけでなく、僕よりもずっと好奇心旺盛で利発な少女だった。
「私が、ブライトンという名前が好きで、あなたをもの凄く好きなのは、あなたが名前の通り、青く深い、海のような男の子だから」
 スノウは、自分が溶けてしまうのではと思うほど明るく笑ってみせた。
 それは、今降り注いでいる太陽の光よりも強く熱かった。
「スノウ。私は、雪で白色系」
 と言ってスノウは、今度は少し柔らかめな微笑みを送ってきた。
 スノウは、小刻みに頭を横に振った。
「私の瞳の色は何色か、わかる?」
「緑色」
 僕はすぐに答えた。
 スノウは視線を海へ向けたまま、僕に問い続けた。
「緑色と言っても、たくさんの緑色があるの。深い緑色だったり、淡い緑色だったりする。私の色は、どんな緑色?」
「どんな、って」
 焦った僕は、海を見つめるスノウの顔を覗き込んだ。
「ズルしちゃダメよ」
 緑色のスノウの瞳に、僕の姿が揺らいでいた。
「柳の葉の色、苔のような色」
 スノウの瞳の中の僕が止まった。
「ブライトンのお家の壁に手足を伸ばしている蔦の葉の色、私の家の庭にあったサルビアの葉の色。どれ?」
 僕を見つめるスノウの瞳が涙で覆われていた。
「オリーヴ」
「え?」
「オリーヴの葉の緑色だ」
 彼女は目を伏せた。
「君の瞳の色は、平和と和解の象徴の、オリーヴの葉の色だ」
 彼女は頬を紅く染め、ゆっくりと顔を上げた。
「あなたの瞳の色って、月影の土の色ね」
「日陰じゃなくて?」
「そう。太陽の光に照らされた月が光を受け止める、大地のような土の色」
スノウはそう言って、じっと僕の瞳を見つめた。

                          了  


三羽 烏 様
 はじめてまして、とても私が好きな『色』を題材にしていただいていたので、駆け込みで参加させていただきました。
 よろしくお願いいたします。





サポートしてほしいニャ! 無職で色無し状態だニャ~ン😭