見出し画像

冥府への玉座 第15話

最終章 地の底からの芽吹き

1. 虚偽と真誠

 天空の地から降り立ち再生の時を迎え、望郷の念だけを持って歩みを進めていた。目にしていたことは偽りの光景だったのか。
 牢獄のような地の世界へと送り込まれてしまった。もう奇跡は起こせないだろう。やはり、神は私たちの行いをお許しにはなっていなかったということか。ポーランツ王子は、シーオル村の女官らしき人たちに儀式の装束を着せられる中、思った。

(このまま、冥府への玉座におさまるわけにはいかない。単なる悪魔の下僕げぼくと化すのだけは、できない)

  ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕

「ポーランツ・フォン・カール様、あなたが新たなる冥府の王となられるのであれば、不老不死と枯渇しない富が得られます。あなた方にとりましても、私どもにとりましても、失うものはございませんでしょう?」
 ヤシブは笑顔を作ってはいるが、そのギョロリとした大きな目は笑ってはいなかった。
「私どもは、ポーランツ・フォン・カール様。あなたと、あなたの伴侶であられる白馬の騎士ヴァイス様の様々な功績をお聞きしました」
「聞いた?」
 ポーランツ王子の横にいる白馬の騎士ヴァイスが、ヤシブの言葉にすばやく反応した。
「気になりますか?」
 ヤシブは少し目を伏せてから言った。
「私どもは、冥府に彼方者あっちものが来臨された場合、様々な取り引きを行います。この冥府で何をしたいか、地上へ戻りたいかを問いてから条件を出します」
「条件」
 と、ポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスが声をそろえた。

 ポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスはワインによる酔いなのか、大きな椅子に座ったまま動けずにいる。これは、アルコール度数の作用よりも何らかの薬物の作用だろうと二人は感じていた。
 ヤシブは話を続けた。
「つい先ごろ来臨された老紳士が、このシーオル村の繁栄のためにすばらしい情報をもたらしてくださいまして」
 
(ラナキュスだ)
 ポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスは思った。

「その貴紳が、ポーランツ・フォン・カールという奇跡の王子がいると。そして、その王子には永遠の命と富を与える力がある。その王子は天空から舞い降りてくると、教えてくれたのです」
「やはり」
 と言った白馬の騎士ヴァイスは、苦虫をかじったような表情になった。
「しかし、その貴紳は、その情報を渡す見返りに地上へ戻りたいと申しましたので、それは叶わぬ願いだとお伝えいたしました」
「情報をあたえたのにか?」 
 白馬の騎士ヴァイスの表情が少しゆるんだように、ポーランツ王子には見えた。
「老紳士自身は、まったくもって何の痛みも負いませんからな。条件は整わなかったということです」
 ヤシブは再び、その大きな目を上げた。
「それで、その老紳士はどこへ?」
 ポーランツ王子が訊いた。
 ヤシブは大きな目でポーランツ王子の美しい碧い瞳を見つめ、ひと息してから答えた。
「さらなる地の果てへ向かいました」
 ポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスは言葉が出なかった。
 胴欲を求めた人間は、最後までその欲を捨てることができず無の世界で苦しみもがき続けるのだ。

 儀式のためにカラスの濡羽ぬれば色した艶のある黒いマントをまとったポーランツ王子と、そのマントの裾を持つ同じように黒い正装服に身を包んだ白馬の騎士ヴァイスが、鉄が酸化したような赤錆色した冥府の玉座に向かっている。黒い正装服の中にいるのは、漆黒の騎士ケネスではないのかとポーランツ王子は見間違えるほど彼らは似ていた。

(ケネスは元気にしているだろうか)
 この地に来てまでも安否を気にかけている己が滑稽に思い、ポーランツ王子はほんの少し笑みを浮かべた。
 振り返り様、微笑みを見せるポーランツ王子を訝しく感じた白馬の騎士ヴァイス。
(おそらく、別の男を思い浮かべているのだろう)
 と思ったが、彼もポーランツ王子へ微笑み返した。

(宣誓の時が、最後の希望だ)
 ポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスは、視線でお互い確認し合った。

 どのぐらいの人が冥府に送られてきているのだろう。薄暗い大聖堂の中に物凄い数の人がうごめいていた。この景観は地上では見ることは不可能だろう。大聖堂の天井は遥か高く先が見えない。これ以上の世界が存在することを知った。そして、死というものに対する怖さをあらためて考えさせられた。もし、地上に戻ることができたならば、今度そこ、向かう道を誤らない。そう誓い、ポーランツ王子は冥府の玉座へ向かう青白く光る回廊を闊歩していく。

 赤錆色の玉座に静かに座るポーランツ王子。そのすぐ横で直立している白馬の騎士ヴァイス。この光景をハフェンベルグ王国で観たかったと、白馬の騎士ヴァイスに残念な気持ちが去来した。
 
 シーオル村の村長であり冥府の番人であるヤシブが、川底の泥のような茶みがかったくり色の茨のような王冠を手に、ポーランツ王子の前に立った。
「ポーランツ・フォン・カール。冥府の王となる、あなたに問う。この冥府の民へ何を誓うか」
 ヤシブの宣誓に対する問いに答えようと、ポーランツ王子は伏せていた瞳をゆっくりと開いた。その大きく見開かれた瞳は、眩いばかりの碧い光を放った。その耀きは、何万粒ものサファイアの宝石が春の陽を浴び、キラキラと反射しているようだった。ヤシブは眩しさに目がくらむ。
「望む、望まざらぬとも死を迎えてしまった者たちよ。せいを受けいていた頃にあらがっていたことを顧みて、なぜ天空へ昇ることができなかったのか考えよ。この冥府では自らの意思に服従するがよい」
 ポーランツ王子は煌びやかに輝く瞳をヤシブに向けたまま、宣誓を続けた。
「さらに、この冥府の世界では地上での階級制度をなくす。仕事の役割も男も女も分け隔てなく行う。ここに住まうもの、皆同じとみなせ」
 ヤシブはポーランツ王子の宣誓の言葉に眉をひそめている。
「これらのことができぬというのであれば、私は王にはならぬ。そして、平民として、地上へ戻る」
「な、なにを言っている」
 王冠を持つヤシブの手が震えている。
「異存あるまい」
 と言うと、ポーランツ王子の瞳の輝きがさらにまし、ヤシブの身体を覆った。ヤシブは驚きのあまり、手にしていた王冠を落としてしまった。その衝撃で涅色の王冠が、土煙のような噴気をあげて粉々にわれた。
 大聖堂を揺らすようなどよめきが起きた。

「地上へ戻って、平民として生きていけると?」
 ヤシブは、ポーランツ王子の瞳から顔をそらしながら言った。
「はじめから、ひとつひとつ丁寧に生きていく」
 ポーランツ王子は、それが宣誓の最後の言葉をして横で直立している白馬の騎士ヴァイスを見た。
「わかりました。それが、あなた方の選択なのですね」
「いかにも」
 と、ポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスは返答した。
 
 そののち、冥府の大聖堂の天井奥から、一筋の光りが玉座めがけて伸びてきた。光りの太さがみるみるうちに広がっていく。
 光りの輪の中に、蝶の鱗粉りんふんのような金色とも銀色とも形容しがたい粉が舞っている。その粉に包まれるようにしてポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスの姿が見えなくなった。
 蝶の鱗粉が消えた時には、二人の姿もなくなっていた。



#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

サポートしてほしいニャ! 無職で色無し状態だニャ~ン😭