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《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声

前回

6.寵愛ー(3)

「大丈夫かい?」
 マイケルの声がとても遠くに感じる。実際、サンフランシスコとロサンゼルスは四百マイルも離れているのだから遠くに感じるのは当たり前だ。しかし、マイケルの声がクリアに聞こえないのは、この型の古い公衆電話のせいだとジミーは思った。
「君を迎えに行くことができなくて、申し訳ない」
「いいんだ。まだ警察に来るのは危険だ」
「そのかわり、早めに出られるよう力を貸すよ」
「どうやって?」
「受話器に向かって歌ってよ」
「それだけでいいのか?」
「ああ、十分さ。自由になりたいって、歌えばいい」
 それだけのことで、留置場から抜け出せるのかという疑問を、ジミーはマイケルに問うのをやめた。彼ならばやってくれるだろう、ジミーは信じた。
「さあ、歌って」

 今すぐ君のところへ翔んでいきたい
 ケージに閉じ込められ、翔び出すこ
    とができない
    なんてふざけた真似をするんだろう
    きっと、僕らが愛し合うのを邪魔し
    たいのさ
 なぜかって?
 誰しも僕らみたいな恋をしたいんだ
 自由に翔ばせてくれよ
 お願いだ
 ケージを開け放してくれ
 そうすれば、すぐに翔んでいけるから
 君のもとへ

「君が恋しいよ」
 と、ジミーは受話器越しにマイケルへ伝えた。
「僕もだよ」
 マイケルの声が、今度はクリアにジミーの耳元へ届いた。

 サンフランシスコ市警本部の館内に、哀愁を帯びたジミーの優しい歌声が静かに流れてきた。ほんの数分前までのピリピリとした緊張感が緩和され、署員たちの顔に安らぎが満ちているのがわかった。
 市警刑事部の〈犯罪予知システム〉モニター画面にメッセージが映し出された。
〘一時間ほど前に発信した、不法薬物所持容疑者に関するデータに一部誤りを発見した。現在勾留中のジミー・オステルマンおよびスザンナ・ミッシェルの即時釈放を認める〙
「か、課長! システムにメッセージが」
 担当係員は大声で市警刑事部課長を呼んだ。
「アダムス、どうした」
 課長はランチの残りだろうか、サンドイッチを片手にモニター画面を覗き込んだ。
「これは……」
「データ誤認など、今までになかったことです」
 アダムスという名の担当係員は困惑した様子で、モニター画面を覗き込む課長の顔を見上げた。
「速やかにお帰りいただくしかない。至急勾留室へ連絡したまえ」
「はい!」

 ジミーとスザンナは、セスが迎えに来る前に釈放された。
「セスに連絡しなきゃ。もう出ていなければいいんだけど」
 スザンナは返却されたスマートフォンを耳にあてながらレッカー移動されていた愛車の方へ歩みをはやめた。
「見事だよ」
 と呟いたジミーは、自分のスマートフォンの画面を見つめたまま立ちつくしていた。
「どうしたの?」
 ジミーがついて来ないのを気にして、スザンナは声をかけた。
「なんでもない」
 そう言うとジミーは顔を上げた。
「あ、セス。もう空港? 間に合ってよかった。どういうわけか、あっさりと釈放されたのよ」
 電話をしているスザンナの前に手を差し出すジミー。
「なに?」
「キーを。俺が運転する」
「じゃあ、ベイサイドFMに急ごう」
「今から?」
「そう、今から」
「無駄足にならないか」
「セスの話だと、すごい反響らしいの」
 スザンナは素直に喜んでいるようだ。ジミーはどのような態度を示したらいいのか、わからなかった。
「あなた、スゴイわ!」
 スザンナは、キラキラした笑顔をジミーに向けている。
「君のおかげだよ」
 ジミーの言葉のあと、ほんの少しの沈黙があった。
「私の力じゃない」
 スザンナはジミーから視線を外すと、声の高さを落とした。そして、ダッシュボードからサングラスを取り出しかけた。
「さ、出して」
 と言って、彼女は顎を上げた。

 
                           つづく




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