見出し画像

冥府への玉座 第17話

最終章 地の底からの芽吹き

3. 丘の上から見える明日

 春風が運んできたのかと、皆が錯覚するぐらいに白馬に乗って舞い戻ってきたポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスは、城内へ入ると歓喜の声があがった。
 しかし、その歓待は、そう長くは続かなかった。
「今、何とおっしゃいましたか? 国王陛下」
 ハフェンベルグ王国執政ハイツ二世が、困惑した表情で訊き返した。
「私は、王であることを放棄する」 
 と、はっきりと大きな声でポーランツ王子は繰り返した。
「そ、それは、まさに……」
 青天の霹靂へきれきだと言わんばかりに動揺が隠せない執政ハイツ二世。ポーランツ王子は無事帰還したにもかかわらず、王の座を辞すると言ってのけたのだ。
「そ、それは、まさに……」
「君主制の廃止だ」
 ポーランツ王子は執政ハイツ二世が答える前に発した。

 その日のうちに国の役人たちを招集して討議された。その中でポーランツ王子は理路整然と君主制政治であり続ける危険性を語り、周辺諸国との和平がもたらす経済効果を話していった。
「この大陸をひとつの国家ととらえ、国民が主権者となり、選ばれた者が統治する。そして、各共和国間で教育や技術供与し合い、平和を維持していくのだ。それが、私が求める大陸統一だ」

 次の日には、ハフェンベルグ王国全域に召集がなされた。
 ポーランツ王子は、国民に不安をあおりたくはなかったが、国を留守にしている間に何が起きていたのか、これから先、この国をどのようにしていきたいのかを、きちんと自らの口で説明したかった。
 外殻塔の先端から見るハフェンベルグ王国は、本当に美しいとポーランツ王子は思った。近くには湖や森林があり、外洋に出るにもとても立地に恵まれた国だ。その財産を自国だけで保有し消費することは惜しいことだ。これからは、無駄な争いで大切な生命を奪い合ってはいけない。そのための決断なのだ。

「ここに宣言する。ハフェンベルグ王国は、君主制を廃止する。今日、これをもって、この国ハフェンベルグは共和国となす」

 ポーランツ王子が宣言し終わると、静寂のあと、大観衆から悲鳴にも似た歓声があがった。
「国民は納得し、歓迎してくれているのだろうか」
 この短い間、様々な事態が起きた。巨大な竜巻に飲み込まれたような中で、ポーランツ王子は先陣をきって運命を切り開いていこうとしている。
 これからは白馬の騎士ヴァイスとしでなく、ただのヴァイス・ブロンデンとして、ただのポーランツ・フォン・カールを支えていくと決意したヴァイスだった。

 王を辞すると宣言したとは言え、共和国として成立させるためにはやらなければいけない仕事が山積していた。それでも、着実に進んでいる安泰への道。誰もが笑顔で暮らしていける世界を築ける喜びにポーランツ・フォン・カールは浸っていた。
 ヴァイス・ブロンデンは、血を分けた双子の兄弟であったケネス・レインブーネを助けるために、キャリコダウン国へ出向き国内整備を助けた。
「家族か……」
 ヴァイスが城の窓から薬草が茂っている中庭を見つめてつぶやいた。
「やっと、家族になれた。ポーリーのおかげで」
 と、背後にいたケネスが優しい眼差しをヴァイスに送って言った。
 ヴァイスにはケネスへ視線を移さなくとも、彼が微笑んでいることがわかった。

 数週間ののち、ポーランツもキャリコダウン国へ出向き、ヴァイスと合流した。その手には何百粒もの大きな高純度のサファイアが握られていた。
「これを、自国のすばらしい医術に適した道具に加工すればいい」
「こ、こんなにたくさん。どこから」
 ポーランツは横にいたヴァイスの耳元にそっとささやいた。その内容にヴァイスが驚き、身じろいだ。
「何だって?」
 その様子を見ていたケネスが訊いた。
「聞かない方が、いい」
 と、ヴァイスが答えた。
 不思議そうな面持ちで、ポーランツが差し出したサファイアを手にするケネス。
「あっ」
 ヴァイスが思わず声をあげた。

 ポーランツはラシエナガ城に戻る道中、ずっと不機嫌だった。ヴァイスにはその理由がわからず、不安に感じた。
「何か気にさわることでもしたか」
「私の……糞便とともに出たサファイアは、不潔か?」
「いや」
 と、一言返答するのがやっとのヴァイス。
「完全に清掃してある」
 と言って、ポーランツは顔を赤らめた。
「まだ、身体の中に残っていたということに、驚いているし、心配だ」
 ヴァイスの言葉を聞いてポーランツは笑顔を取り戻した。
「丘を通って帰ろう」
 ポーランツは、自分の巻き髪と似た栗毛の愛馬チャーリーの腹をあぶみで蹴った。チャーリーは勢いをつけて走り出した。ヴァイスが乗る白馬のオリバーがあとを追う。整備されたキャリコダウン国の石畳を蹄の心地いい音が響き渡った。

 爽やかな西風が吹く中、二頭の馬が青々と作物が茂った平原を横切る。
 ほんのりと冷たい風がポーランツの頬をなでる。
 ポーランツは巻き髪を揺らしながら走り続ける。時折、振り返ってヴァイスを見る。笑顔がこぼれている。

 この選択は、間違いではなかった。
 そう、自信をもって言える。

 生きている。
 この人生を、楽しんでいける。
 
 この美しい時を、止めることはできない。
 けれど、苦しみや悲しみを変えることはできる。
 ほんの少しの、勇気を持てば。

 ポーランツとヴァイスは、『エンゲルの丘』で月が出るのを待った。
 まだ、新しい世界は動き出したばかりだ。
 この丘の上から、じっくりと見ていこう。

                                                                                              了
 
 



 

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

サポートしてほしいニャ! 無職で色無し状態だニャ~ン😭