見出し画像

冥府への玉座 第11話

第2章 再生の時

2. 神との契り

 それは、広い大海原のような、やさしい母胎で羊水に包まれているような、じつに穏やかで心地いい朝であった。
 キョッキョッ、と、アトリが礼拝堂の天窓の外で楽しそうに鳴いている。
白馬の騎士ヴァイスは、朝日を浴びて美しく煌びやかに眠るポーランツ王子を見つめ、これが夢ならばずっと覚めずにいてほしいと願った。たとえ、ポーランツ王子の傷が癒えたとしても、このままこの理想郷で、何の階級も偏見もない世界を築けていけたのならと。

 ヴィーダの心臓での惨劇を目の当たりにした白馬の騎士ヴァイスは、絶望の淵にいた。この事態をどう理解すればいいのか、冷静沈着な白馬の騎士ヴァイスが混乱していた。ペルセウスが来る前に、あの宝冠の破壊と破壊できなかった場合、自らの命を奪ってほしいと願ったポーランツ王子。しかし、神の前でもっとも禁忌なる行為である自害を試みた。
「俺を待っていることも許されなかったというのか」
 白馬の騎士ヴァイスは、長いまつ毛が陽に輝いているポーランツ王子の寝顔を見て、どんな幼子よりも愛くるしく守ってやりたいと思った。

(でも、なぜヴィーダは、いや神は、ポーリーをペルセウスとともに天に連れていくことをなさらなっかたのだろう)

    ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕ ⁕

 ペルセウス座の光りは、ヴィーダの心臓である黄金色の十字架に被されたフォン・カール王家伝来の宝冠に施されたサファイアの粒を、ひと粒ひと粒はがしていった。さらに、ホタルのように舞ったその小さな結晶は、ポーランツ王子の左胸の傷口へと入り込んでいった。何万粒ものサファイアがポーランツ王子の左胸の上で大きなひとつの結晶となった。もう、彼の左胸からは一滴も血は流れ落ちてこなかった。
 黄金色の十字架に被らされていた宝冠は、何万粒のサファイアを失い消滅した。
 自己犠牲してまでも、世界を守ろうとしたハフェンベルグ王国国王ポーランツ・フォン・カール。自らたのむ彼は真の王であり、英雄だ。だから神は、この王をまだ地上に残しておこうとお決めになったのだろう。そして、彼を生涯守りぬけと仰せ使ったのだろうと、白馬の騎士ヴァイスは思っている。しかし、このヴィーダ修道院から出た先に見える世界は、どのように変化してましっているのだろう。王国を出た時と何も変わっていないのか。国王不在の中で、さらなる混乱を招いているのか。
 白馬の騎士ヴァイスの脳裏には期待と不安が交差していた。

 ポーランツ王子が傷を負った左胸上にあったサファイアの結晶は、彼の体内に取り込まれていった。と同時に傷口がきれいになり、ポーランツ王子は目を覚ました。その開かれたサファイア・ブルーの瞳は、さらなる耀きを増していた。それは、再生された力から発せられているものなのか。白馬の騎士ヴァイスは、自分と再会できた喜びからきている耀きだと思いたかった。
 主君と臣下の関係はこの先も変わることはないが、お互いを必要とする関係は、それ以上のものになっていくはずだ。そう願わずにはいられない白馬の騎士ヴァイスだった。
「ポーランツ王子、いえ、ポーランツ国王。お目覚めになりましたか。お加減はいかがですか」
 ポーランツ王子は黙ったまま、碧い瞳を白馬の騎士ヴァイスに向けている。
「陛下、どうされました?」
 白馬の騎士ヴァイスが暗い顔で訊いた。
「国王? 陛下だと? その敬称はやめてくれ、ヴァス。このヴィーダ修道院にいる間は、王ではない」
 ポーランツ王子は、拗ねたような視線を白馬の騎士ヴァイスへ送った。白馬の騎士ヴァイスは無言のまま、ポーランツ王子の頬にやさしく触れた。
「わかった、ポーリー。しかし、お前はハフェンベルグ王国の国王には違いない。いや、この大陸すべてを統治する君主となる男だ。その君主としての責務を忘れてはならない。それが、再生を許された神との契りだ」
 ポーランツ王子に発した言葉を、そのまま己に言い聞かせ納得しようとしている白馬の騎士ヴァイス。
「皆は、どうした」
 起き上がったポーランツ王子は、ガランとした礼拝堂を見渡すと言った。
「皆、とは?」
 白馬の騎士ヴァイスは、ポーランツ王子が漆黒の騎士ケネスの向後を気にしているのだと知りつつもきたなさを隠し訊いた。
「ラナキュスは冥府へ堕ちた。あとのキャリコダウン国の民は?」
 そう言ってポーランツ王子は、白馬の騎士ヴァイスから視線をはずした。
「他の者は……逃奔とうほんした」
 と、白馬の騎士ヴァイスは事実を隠した。なぜ、ポーランツ王子に嘘をついてまで漆黒の騎士ケネスをいやしめなければいけないのか、自分でもわからなかった。
「そうか。皆、無事に自国に戻れているとよいのだが……」
 確認し終えると、ポーランツ王子は礼拝堂の天窓を見上げた。その光りに照らされた美しい輪郭を見つめ、白馬の騎士ヴァイスは嫉妬にも似た感情がわき上がるのを感じ、
「なぜ……」
 と、つぶやくように言った。
「ん?」
 ポーランツ王子は礼拝堂の天窓から白馬の騎士ヴァイスへ視線をむけた。
「なぜ、お前と俺の命を奪おうとした奴の向後を気にする。レインブーネが俺の同胞だとしても、君主に逆らった騎士を俺は認めない」
「……ヴァス」
 ポーランツ王子はささやくように白馬の騎士ヴァイスの名を呼ぶと、彼の肩にそっと手をおいた。
「ケネスは、愛を知らずに育った。他者から愛されることも、愛することも知らずに。だから、同胞である私たちだけでも愛してやろうじゃないか」
 二人の間に沈黙がながれ、キョッキョッ、と鳴くアトリの声が鮮明に礼拝堂に響いた。
「だから、お前が愛することを教えてやったというのか」
 白馬の騎士ヴァイスがきびしい顔つきで、肩におかれているポーランツ王子の腕を掴かんだ。そして彼の身体を引き寄せた。

 もう春が訪れたのかと見まごうばかりの陽の光りの中、ポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスは愛の契りを結んだ。



 


#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

サポートしてほしいニャ! 無職で色無し状態だニャ~ン😭