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冥府への玉座 第14話

第3章 天空からの滑空

2. 頓狂な村

 白馬の騎士ヴァイスが目覚めて最初に飛び込んできたのは、ユラユラと揺れるローソクの灯りだった。サンタスタスクで感じた恐怖が再び白馬の騎士ヴァイスを襲った。
「ポーリー! ポーリー!」
 白馬の騎士ヴァイスは暗がりの中、ポーランツ王子を探した。さほど広くはないへ部屋のおかげて、すぐにポーランツ王子の姿を見つけることができた。静かに寝息を立てて眠るポーランツ王子を確認すると、白馬の騎士ヴァイスはひとまず安心することができた。
「ここは一体どこなのだろう。意識が薄れる前には、何もない平原にいたはずだが」
 ただ、今はポーランツ王子は傍にいる。不安は完全には取り除くことはできないが、ひとりではないということで恐怖を消していた。
「ん、ヴァス? ここは? われらは帰ってきたのか?」
 ポーランツ王子は巻き髪をさらにくしゃくしゃにした状態で起き上がって、白馬の騎士ヴァイスの姿を視界におさめた。
「どうやら、ハフェンベルグ王国ではなさそうだ」
 と、白馬の騎士ヴァイスは辺りを見回した。
 ヴィーダ修道院のように何百年と時を重ねていることを感じさせる支柱の古さが目立つものの、部屋の中は不思議と整理されていた。

 ベッド頭上に飾られてある石板に彫られた聖人のアルカイックな笑みが、異様な不気味さを醸し出しており、ポーランツ王子も白馬の騎士ヴァイスも、ただならぬ殺気を感じた。
「長居は無用だな」 
 と言って、白馬の騎士ヴァイスは顔をしかめた。

 ポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスが部屋を出ようとしたまさにその時、扉が開いた。
 黒髪でギョロっとしたこげ茶色の大きな目をした小太りの男と、長身でがっしりととした体格の持ち主だが、どこかオドオドした感のある男二人が入ってきた。
「ああ、よかった。起き上がれるようになりましたね」
 と、黒髪でギョロ目小太りの男が笑顔をこしらえて言った。
 長身の男は何も発しなかった。
「心配したんですよ。お二人とも真っ白なお顔でピクリともされなかったものですからね」
「助けていただき、感謝いたします」
 ポーランツ王子が言うと、
「手数、かけました」
 と、白馬の騎士ヴァイスが続けた。
「愛する者同士、ここまで辿りついたのですね。どうぞ、このまま留まっていてくだされ」
 愛する者同士と言われたことに、何故か不快感を覚えた白馬の騎士ヴァイス。その表情を読み取ったのか、黒髪でギョロ目小太りの男は薄笑いを浮かべた。長身でオドオドした男は、ポーランツ王子の横にピタッと並び、彼の横顔を凝視している。
わたくしはこのシーオル村の村長、ヤシブです。彼は私の伴侶であるエリトキです」
 ポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスはヤシブが発した『伴侶』という言葉にともに反応していた。
「伴侶……」
 白馬の騎士ヴァイスは思わず声がもれた。
「そうです。私たちはあなた方のような終生の伴侶なのです」
「終生の……伴侶」
 と、ポーランツ王子も声がもれていた。その声を聞いたのか、エリトキがポーランツ王子を見下ろした。
「食事の用意ができております。空腹のままでは旅も続けられますまい」
 ヤシブは白馬の騎士ヴァイスの背中を強引に押すと、続いてエリトキがポーランツ王子の腕を掴んで部屋から連れ出した。

 階下には寝かされていた部屋からはとても想像できないほど広くきれいな食堂があり、楕円形のテーブルには所狭しと豪華な食事が並べられていた。

(こんな平原の小さな村で、なぜこのような食材を用意できるんだ)
 白馬の騎士ヴァイスは訝しく思った。

 ヤシブはそんな白馬の騎士ヴァイスの心の声が聞こえたかのように、即座に言った。
「何十年かぶりのお客様ですから、いろいろと工面いたしました。どうぞ、遠慮ならさずにお召し上がりください」
「工面したといっても、これだけのものを一日足らずで用意することは難儀であったろう」
 ポーランツ王子が言った。
「難儀? あ、あはは。客人のためならば、何のこれしき難儀のことがございましょう。何せ、ここはシーオル村ですから」
 ポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスは長く大きなテーブルの端と端に座らされた。白馬の騎士ヴァイスの横にはヤシブが座り、ポーランツ王子の横にはエリトキが座って、ずっとポーランツ王子の横顔を無言のまま見つめている。
 テーブルには10脚はあろうかと思われるほどの椅子がありながら、他には人のいる気配が感じられなかった。テーブルに置かれたグラスには芳醇な香りのする赤ワインらしき飲み物がすで注がれていた。
  ヤシブがおもむろにグラスを掲げた。横にいる白馬の騎士ヴァイス、テーブルの端にいるポーランツ王子、エリトキに視線を送って声をあげた。
「客人のご多幸をお祈りいたし、乾杯!」
「乾杯」
 とポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスも口をそろえた。
 エリトキは一人黙って、グラスを口に運んでいた。
 
 ポーランツ王子はひと口ワインを口にすると違和感を覚えた。そして、何とか白馬の騎士ヴァイスにワインを口に運ぶなと伝えようと試みた。
「村長、このワインを手に入れられるのは、さぞご苦労なさったのではないですか? 年代ものとお見受けするが、どちらのものです?」
「お褒めにあずかり、うれしゅうございます。この村で仕込んでいます」
 ポーランツ王子はグラスを自分の顔の前にあげ、グラス越しに白馬の騎士ヴァイスを見た。
「特別な製法がおありのようだ」
 と言って、白馬の騎士ヴァイスもグラスを持ち上げ、その色合いを確認するようにじっくりと見た。
「村民の情念が、たっぷりと入っております」
「私たちには、とてもアルコールが強く感じますが」
 ポーランツ王子が遠回しに伝えると、横にいたエリトキが自分のグラスをポーランツ王子の口元に押し付けた。
「飲め」
「んんっ」
 ポーランツ王子は抵抗しようとしたが、かなりの量を飲み込んだ。
「貴様、王子に何をする!」
 白馬の騎士ヴァイスは立ち上がり剣を抜こうと構えたが、ヴィーダから降り立つ時に置いてきてしまったことを後悔した。
「やはり、高貴な身分のお方でしたか」
 ヤシブは不気味な笑みを浮かべ、ポーランツ王子に視線を捉えた。

(まずい)
 と、白馬の騎士ヴァイスは思った。

「ご安心くだされ。私どもは、客人をおもてなしし、このシーオル村に長く滞在していただきたいだけなのです」
 ヤシブは、白馬の騎士ヴァイスのグラスにワインを注ぎ足した。
「それにしては手荒すぎるぞ」
 ポーランツ王子は口元をぬぐうと、エリトキを睨んだ。
「エリトキは少々無骨なだけでして、気は良い奴なのです」
 とヤシブが言うと、エリトキはポーランツ王子の顔を見て笑った。その笑った顔が体格に似つかわず、子どものように愛くるしいとポーランツ王子は思った。
「俺、お前気に入った。飲め」
「わかった、わかった、飲むから」
 エリトキに差し出されたグラスを口にしながら、ポーランツ王子はヤシブが言った『村民の情念』という言葉が気になった。このワインには毒こそ含まれていないだろうが、これはただの年代ものというだけではない味だ。早くこの村から抜け出した方が得策かもしれないと感じた。

 白馬の騎士ヴァイスは横にいるヤシブを気にしながら、村を出る策を講じていた。

(何かがおかしい。いや、何もかもがおかしな村だ)

「シーオル……シェオル。そうか、ここは、冥府の世界なんだな」
「そうです。ここは、地下の世界。冥府の地、シーオルです」
 ヤシブは薄気味悪い笑みを浮かべ、ワイングラスを白馬の騎士ヴァイスの前に差し出した。
「さあ、乾杯しょう。次なる冥府の王、ポーランツ・フォン・カールに!」

 ヤシブたちは、ポーランツ王子を地獄の入り口である冥府の玉座へ連れて行こうとしている。




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