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冥府への玉座 第12話

第2章 再生の時

3. 明日へ続く道

 激しい愛の営みのあとでも、白馬の騎士ヴァイスが危惧していた事態は起こらなかった。むしろ、汗に包まれたポーランツ王子の姿は、宝石のように輝いていた。
 愛とは一体何ものなのだろうと、白馬の騎士ヴァイスは父と母、そして、兄弟だった存在を失った乳飲み子の頃から考えていた。5歳の時からともに育ってきたポーランツ王子に対する想いは、友情の何ものでもないと思っていた。しかし、ポーランツ王子が与えてくれる愛は、友情に熱い炎で焼かれたものなのだと感じた。同じ想いが二人の身体に宿り、さらに燃え上がるものだと、白馬の騎士ヴァイスは理解した。その対象が主君だろうが男だろうが関係がない。愛とは、危険を顧みず感じるままに受け入れることなんだ。
「傷口は大丈夫か?」
 白馬の騎士ヴァイスが訊くと、ポーランツ王子は上目遣いに碧く光る瞳で見つめ、左胸に手をやりコクンと頭をさげた。そのしぐさがあまりにも儚げに見え、主君でなくとも命がけで守りたいと白馬の騎士ヴァイスは思い、再び、彼を自分の方へ引き寄せた。ポーランツ王子のその柔らかな栗色の巻き髪に触れながら白馬の騎士ヴァイスは、この夢の世界に終止符を打つ時が来ていることを悟った。あと数日が限界だ。

 伝説の地ヴィーダ修道院に修道士たちが住まっていたのは、昨日のことなのか、何世紀も前のことなのか、想像もできないほど修道院内に備わっている物には年代の統一性がなかった。
 中庭にそびえ立つ無花果いちじくの木は、何十年、何百年とここに立ち、ヴィーダで繰り返されてきた惨劇を見続けてきたのだろう。そう思われるほど見事な高さがあり、その実はポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスの腹を満たしてくれていた。
 ポーランツ王子はひとつ無花果をもいだ。そして、その大きな木を見上げながら言った。
「この無花果って、雌雄同体で受精せずに実をつけるそうだ」
 白馬の騎士ヴァイスは沈黙したまま、ポーランツ王子の横顔を見つめている。ポーランツ王子は、無花果の木に視線を残し、慎重に言葉を選んでいるようだった。
「私は王として、誰かに実を与えなければいけないのだろうか」
 白馬の騎士ヴァイスは無花果をひと口かじり、ポーランツ王子と同じように無花果の木を見上げた。
「あの無花果のようになるのは、許されぬことなのか」
 と悲しげに問うポーランツ王子に目をやると、彼の頬に雨のしずくがあたったような涙が見えた。その雨のしずくは、しだいに一筋の小川のようになり、とめどもなく流れ出ていた。声をこらえ涙するポーランツ王子の心情を思い、白馬の騎士ヴァイスはそのまま無花果の木を見上げた。

 ポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスは、日の明るいうちにヴィーダを出ることにした。ヴィーダは、一度受け入れたものは二度と手放さないと言っているかのように『彼女』からの脱出は困難を極めた。
 西側扉までは辿りついたものの、この断崖絶壁から足を踏み外すことなく無事におりていくことが可能なのか、二人に一抹の不安がよぎった。
 ヴィーダに登る時は、さほど時間を要していなかったと思われたがヴィーダの岩山からおりるのは物凄い緊張を強いられた。大地におりたった安堵感と極限の疲労で、ポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスは立っていることがやっとであった。
 ヴィーダから抜け出きたところで、愛馬たちがいない状態で、この最果ての地からどのようにしてラシエナガ城へ戻ればいいのだろう。さらなる困難が待ち構えていることをポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスは突きつけられた。何としてでも戻らなければ、大陸の世界の安泰は守られなくなる。本当の安堵感を得られるのは、ポーランツ王子がハフェンベルグの玉座に座ってからだと白馬の騎士ヴァイスは強く思った。
 
 小高い丘に立っている天使のようなポーランツ王子は、極度の疲労のためか少しも動けずにいるのだろうと、白馬の騎士ヴァイスは思った。
「ポーリー。少し休んだらどうだ」
「ヴァス……これを見たら、疲れなど吹き飛ぶぞ」
 ポーランツ王子の言葉を受けて白馬の騎士ヴァイスは、小高い丘に駆け上がった。そこには、目にも眩しいほどの緑輝く平原が広がっていた。ヴィーダ修道院に向かう前には、草木も生えていない荒涼とした枯れ地が広がっていた同じ大地だとは信じがたい光景だった。
 再生の時は訪れ、ポーランツ王子には伝説の通りにその力が備わっていたのだと、白馬の騎士ヴァイスは確信した。

「さあ、帰ろう。俺たちの国へ。俺たちの城へ」
「そうだ、輝かしい明日へ急ごう」
 とポーランツ王子は叫ぶと、突然、丘を駆けおりていった。
 白馬の騎士ヴァイスは子犬を追いかけるようだと思った。
「ポーリー、どこまで行くんだ。待ってくれ」
 白馬の騎士ヴァイスは、もう二度と手放すことはしないと思いながらポーランツ王子を必死に追った。
「捕まえた」
 と言って、二人は草の中へ転げ落ちた。
 うつ伏せに倒れ込んだポーランツ王子と白馬の騎士ヴァイスは、しばらくの間、同じ状態で風に吹かれていた。
 草の香りが二人の鼻腔をくすぐった。

「ここは、本当に真の世界なのだろうか」
 ポーランツ王子がうわ言のようにつぶやいた。
「わからない。でも、生きている」
 と、白馬の騎士ヴァイスは素直に答えてくれた。
 
 東から吹く風が、綿毛にのった春を運んでいるようだった。
ふわり、ふわりと舞い降りてきてポーランツ王子の巻き髪にとまった。



 

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