見出し画像

大正ギャル、ボーナスの謎を暴く

私の祖母は大正生まれで、女学校を卒業して会社勤めなどせずに結婚した。
なので、会社勤めがどういうものかよく知らなかったし、昭和初期の会社の給与形態にも疎かった。

結婚数年後、祖母は新聞やラジオのニュースなどで世の中の会社はボーナスを支給する、ということを知る。だが祖父からそのようなものは受け取ったことがない。当時、給料やボーナスは直接従業員に手渡しで支給されるもので、給料袋はいつもちゃんと祖父から祖母に渡されていた。会社に聞けば教えてもらえるだろうが、祖母はそこまで行動的ではない。祖父からもらえなければ、うちの会社はないのかなあ? と思うしかなかったが、ある日、何の気なしに、
「あなた、あなたの会社はボーナスは支給してくれないのですか?」
日頃うっすら疑問に思っていることを祖母は聞いてみた。その問いに祖父はバレた! と内心焦りつつも、
「うっ、ええ? 何言っているの? ボーナスっていうのは、あんなのは労働者階級が貰うものなんだよ。私は結構偉いから、残念ながらボーナスなんてものは貰えないんだよ」
と必死に誤魔化そうと語気強めに捲し立てた。労働者階級て。今なら中学生でもその理屈はおかしいと気がつくが、祖母は世間に疎く、強めに言われてちょっと怯んで、そういうものなのか、とそれ以上の追求はしなかった。

確かに会社役員くらい偉くなるとボーナスはもらえない。だが、当時祖父は部長だった。じゃんじゃんばりばり労働者階級だった。じゃんじゃんばりばり貰っていた。が、それは内緒にしておきたかった。

なぜ内緒にしていたのかというと、祖父が鉱山会社の営業職だったから、というのが理由らしい。戦前の鉱山会社にはいろんな人や会社があの山を買ってくれ、この山を売ってくれ、と営業部に押し寄せていた。当時そんなに話を聞いたり接待するお店も多くなく、家に招いてご馳走するのが常だった。鉱山は山いくつ、そこらの土地見渡す限り、など動くお金も大きい。信頼性があるのかどうか、何度も会って話をする必要がある。一応、会社は営業職員には接待用の座敷と大きな台所が付いた家を社宅として住まわせ、女中さん代の手当も支給していたらしいが、それでも足らず、ボーナスからお酒代やご馳走代などを捻出していたらしい。

言い負かされた祖母は、一応納得したものの、子育てや家事の合間に新聞や、祖父が買ってきた中央公論などを読んでいて、どうも夫の言っていることはおかしい、と気がつき始めた。偉いと自分では言っているが部長では労働者だろう、貰っているだろう、いや絶対に貰っているはずだ、貰ってないわけがない! と色々調べるにつれて確信に至り、ある日、
「どうもボーナスというものはあなたが以前言っていたものとは違うようですが」
と順序立てて追求したところ、祖父は観念し、
「ごめんなさい。嘘でした」
と平謝りしたとか。そしてこの話はお正月や法事など親戚が集まると、たまに蒸し返される、祖父の定番やらかし話になってしまった。

祖母は女学校時代はテニスばかりやっていたギャルのはしりのような人で、女学校時代の写真はテニスウエア(くるぶしまであるロングスカート)姿でラケットを抱えてお友達とはしゃいだ感じのものばかりだ。本人からはテニスの腕前について聞いたことはなかったが、母曰く、
「叔母さんから聞いたけど、結構うまかったみたいよ。選手だったし」
祖父はまさかそんな元テニスギャルが新聞や、自分がその辺に放って置いた中央公論で少しづつ証拠を掴み、真相究明するに至るとは思っていなかったらしい。ギャルの知性を見くびっていたのだ。祖父のことは大好きだったが、この話では悪いけどちょっといい気味、と思ってしまった。

ところで私の祖母は同じ女学校の先輩後輩で、ギャルは母方で後輩にあたる。最初、2人が同じ学校出身と知った時はとても驚いた。

というのも父方の祖母は他校に名を轟かすような秀才で、幼少から晩年に至るまでのエピソードの8割は秀才関連という人だ。写真もおさげ髪も凛々しく、キリッと正しい知性派インドア少女、という写真ばかりでギャルのスナップと正反対。家に余裕があれば大学まで行きたかったが母子家庭のため諦めた、という連ドラヒロインみたいな少し悲しい過去を持つ。ギャルもこの先輩を知っていた。
「まさかあんな秀才が親戚になるとは思わなかったねぇ」
としみじみ言っていた。だが一方、父方の祖母は見合いで久々に再会したが後輩ギャルに覚えはなく、
「そんな人いたかしら? ってぜーんぜん、知らなかったわ」
と何かの折にギャルのいないところでふふん、と言い放ってた。後輩とはいえ、あのギャルが目に入らなかったとは、本当に勉強ばかりしていたとみえる。

ボーナスのニュースになると、ギャル祖母を思い出す。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?