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最強のラテン音楽を求めて|彼女のような、そのような歌姫たち編|Liner-note

このシリーズ、だいぶインターバルが長かったね。久しぶりに書こうと思ってネタを考えたけど、(書いてる時点で)母の日が近いし、ディーヴァ特集にしようかなと。とはいえシャキーラやJ.Loのようなメジャー第一線級じゃなく、ちょっと日陰の花的な存在(タリアは違うかな)をとりあげてみようぞ。


まずはアンパリートことアンパロ・サンディーノ/Amparo Sandino、コロンビア人歌手だ。1963年生まれのボゴタ出身。8歳でギターを弾き始め、音楽で学位も取得した才媛。1992年にカルロス・ビベス/Carlos VivesのバンドLa Provinciaにギタリストとして加入した。

1996年にソロとなり、デビューアルバム「Punto de Partida」をリリース。Gipsy Kingsとのデュエット「Báilame」も収録されてるよ。その後、『El Año del Gato』(1999年)や『Así Es Mi Gente』(2000年)などのアルバムを世に送る。その後長い間音楽から離れていた彼女が、2017年に『Fin de Semana』をリリースし、活動を再開したのはうれしい限り。

この経歴からもわかるように、彼女の音楽の基底にはバジェナートがある。その珠玉の一曲「Mar de Amores」をお届けしよう。ある程度お年を召された方なら、アコーディオンの印象的なイントロに聞き覚えがあるはず。なんかのTV番組のオープニングだったもんね(調べても出てこないんだ。誰か教えて)。この曲はアンパリートのソロキャリアの門出を飾った曲であり、彼女の才能と声質低めの歌声を堪能できる。

次はメレンゲ。当初メレンゲ歌手は主に男性で、女性がシーンで活躍することは非常にまれだった。その後もメレンゲ界は女性に色気や官能を求め、音楽の質よりも大衆の注目を集める挑発的な服装なんかが重視された。

最初に有名になった女性メレンゲ歌手はミリー・ケサダ/Millie Quezadaで間違いないだろう。彼女のバンドは70年代末から80年代に大きな成功を収めた。全員女性グループの先駆者ラス・チカス・デル・カン/Las Chicas del Canは、ベルキス・コンセプシオン/Belkis Concepción、ミリアム・クルス/Miriam Cruzらを輩出したが、個人的にはあまりパッとしない印象を持っている。

その後、ドミニカ共和国だけでなくプエルトリコからも、オルガ・タニョン/Olga Tañón、ジゼル/Gisselle、アシュレー/Ashleyなど有名アーティストたちが羽ばたいていった。

今日スポットを当てるのはメリーナ・レオン/Melina León。1973年生まれのプエルトリコ系メレンゲーラで、ロマンチックなバラードやボレロも歌っている。15歳でキャリアをスタートさせ、プエルトリコのさまざまなステージで成功を収めたあと、アルバム『Mujeres Liberadas』でデビュー。このタイトル曲は女性ウケがよく、スマッシュヒットを飛ばした。

最近ではシャキーラのヒット曲「Bzrp Music Sessions, Vol.53」のメレンゲアレンジ「Pa' Tipos Como Tú」をリリースし、再び聴衆を驚かせている。

この文脈で告げるのははばかれるが、メキシコのタリア/Thalía(1971年生まれ)はエロくてかっこいい。褐色の髪に豊潤な谷間、そして胸騒ぎの腰つきはなんとも誘惑的だね(若い頃だけじゃなく今も)。

9歳から音楽活動を始めたポップス界のスターで、少女時代の同じグループにはパウリーナ・ルビオ/Paulina Rubioもいた。女優でもあり、日本の昼ドラに相当するテレノベラ『マリア・メルセデス』で人気を不動のものにする。

1990年代に入ると、彼女の魅力はより開花する。それはプロデューサーがエミリオ・エステファン/Emilio Estefanに代わったから。2000年のアルバム『Arrasando』が全米ラテン・チャート5週連続1位となり、全世界で300万枚を記録。マライア・キャリーの元夫トミー・モトーラと結婚!なんてニュースも懐かしい。

曲は「¿A Quién Le Importa?」。もともとはスペインの80年代バンドAlaska y Dinaramaの曲で、2002年にカバーしたもの。歌詞は、他人の批判や評価を気にせず、自分自身に忠実でいることの重要性を伝えている。タリアらしいね!

そしてサルサ界から誰を選ぶのか?

う~ん悩ましい。女王セリア・クルスは別格として、サルサも長らく女性歌手には敷居が高かった。でもあえて選ぶなら、純粋なサルセーラとは言えないが、アルビータ/Albitaかな。

アルビータは1962年生まれ。キューバのハバナ出身で、強くくぐもった声とカリスマ的なステージパフォーマンスでファンを魅了している。キューバ音楽の伝統を尊重しながら、独自のスタイルでサルサをエネルギッシュに歌い続け、ラテン音楽愛好家にとっては必聴のアーティストだ。

両親がグァヒーラの歌手だったので、彼女は幼い頃から音楽に親しみ、10代の頃からプロとして活動した。って、なんかみなさんこんな感じだね。栴檀は双葉より芳し、なのか?

1990年にコロンビアに渡り、1993年にアメリカに亡命。NYではなくマイアミを永住地とした。1994年にエミリオ・エステファン(再登場!)のレーベルと契約し、……あとは略そう。

あなたがこれから聞くのは「Fiesta Pa'Los Rumberos」。pitoが入るのがキューバっぽくてイイね。バネッサ・ウィリアムス/Vanessa Williamsとチャヤン/Chayanneが主演した映画『Dance with Me 』の挿入歌で、下のYouTubeもそこからの切り抜きだよ。映像のサルサクラブの雰囲気が最高で(特にルエダの箇所とかね)、当時は「こんなふうに踊れるようになりたい」と夢みる少女だったよ(夢は夢のままです、せつないね)。


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