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拝啓、カール・ウーズ博士|地中生命の脅威 |Review

『地中生命の脅威――秘められた自然誌』
デイビッド・W・ウォルフ 著、長野敬・赤松眞紀 訳、青土社、2003年
レビュー2023.07.16/書籍★★★★☆

知っている人にとっては今さらだろうが、庭で採取したひとつまみの土に10億もの生物個体(種で数えても1万種)が生息すると聞くとギョッとする。

というわけで、「夏はなぜか科学書が読みたくなるシリーズ」第二弾。どうしてかな、夏休みの自由研究のマインドにセットバックされるのかな。

地下こそが生命の起源で、地下世界の生物量(バイオマス)は地上を凌駕する――少し前まで一笑に付されていた考えだった。けれどもう笑えなくなった。地殻の間隙、海底の堆積物、深海の熱水噴出孔・・・そういう場所には初期地球の気象の猛威が及ばないし、生命の化学反応に不可欠な元素が揃っている。粘土遺伝子説の「帯電している粘土鉱物の表面が原子酵素として働き、地球で最初の複雑な生合成の触媒部位になった」という主張は異端ではあっても、荒唐無稽ではない。

1立方㍍の土に10億の線虫、何百から何千のミミズ、10万から50万の節足動物、天文学的な数の菌類、原生動物、細菌がいる。さらに光も酸素もない地下1万㌳(約3㌔㍍)の土壌1㌘からは、10〜100万匹の微生物集団が採取された。こうした高温高圧の極限環境微生物が注目されるのは、地球外生命体の可能性を引き上げてくれたからでもある。

とにかく地下世界には巨大な生物圏が眠っているよという本である。全部をレビューするのは字数的にもキツイので、気になる章を拾い読みする。


第3章 系統樹を揺さぶる

細菌・古細菌・真核生物の3ドメイン区分がどうもしっくりこないという記事を書いたことがある。たぶん高校の頃までに学習した系統樹と異なることへの拒否感がある。年寄りだから頭が固いのだ。それに、哺乳類や種子植物のような身近な存在よりも、細菌や古細菌という見分けのつかない原核生物が幅を利かせているのが気に入らなかったのだろう。

カール・ウーズが発見したのが古細菌 アーキア。分類のツールにしたのがリボソームRNA(rRNA)だ。したがって分子系統学の先駆者の系譜に連なるのだと思う。彼の研究はひたすら地道だった。個々の細菌系統からひとつずつrRNAを分離し、その小片を比較してヌクレオチド配列の違いを探した。コンピュータ処理できない時代にあっては気の遠くなる努力だ。

古細菌のほうが細菌よりヒトと共通する部分が多いという説もあるが、本書では3ドメインは大昔に分かれてほとんど独立して進化したという立場である。だが三つに分かれる前、系統樹の根元では、「遺伝子の水平移動」が行われていたと書かれてある。枝分かれではなく網の目のように絡まりあい、生命の・個体の境界が曖昧だった可能性もある。

第4章 窒素循環

この章での学びは窒素(N2)の希少性だ。大気の78%を占めるのに分子結合が強く、容易に分離できない。その頑なな窒素を利用可能な形に分解してくれるのが窒素固定細菌だ。その重要性は光合成にも匹敵するとされる。

窒素固定細菌はニトロゲナーゼという酵素を使ってN2をアンモニウム(NH4)もしくはアンモニウムイオンに変える。このニトロゲナーゼがバケツ一杯にも満たない量しか地球上に存在しないというから驚きだ。不安になるなといわれても不安になるよ。

第5章 地下の結びつき

現在の世界最大の生物といえばシロナガスクジラだ。平均全長26〜27㍍、体重190㌧ほど。でもそれも早晩書き換えられるかもしれない。1992年、米国ミシガン州のサッカー場数面の広さの森を支配するナラタケの一種の土壌菌がみつかった。その菌の年齢は1500年以上、体重は100㌧に及ぶという。れっきとした一個の生命体だ。

菌根は植物の根に菌類が侵入し、共生している状態の生物のこと。太さ1〜2μ㍍と、最小の根毛の5〜10%ほどしかない。それでいてわずか1立方㌢の土の中に20〜40㍍も菌糸を伸ばしているケースがあるらしい。

菌根は宿主の植物が生成するエネルギーの2〜3割を得ている。その見返りとして宿主に提供しているサービスはたくさんあるが、植物同士の意識をつなぐネットワークをも構築しているのではないだろうか。そんな可能性をつい行間から読み取ってしまった。同じことをカナダのブリティッシュコロンビア大学のスザンヌ・シマーヌが唱えている。

第7章 病原体戦争

この章では、土壌や地下水などの環境において、病原体である細菌が他の生物を寄生させたり、競争相手を攻撃したりして生存や繁殖を図っていることが紹介されている。

後半の登場人物はセルマン・ワクスマンというラトガーズ大学の土壌生物学者。ストレプトマイシンを土壌試料の中から発見し、抗生物質という医薬品マーケットの礎を築くことになる。

ワクスマンが採取したのはごくふつうの土壌の放線細菌だった。これを聞いて思い出したのが大村智、2015年ノーベル生理学医学賞受賞者のことだ。大村博士も静岡県のゴルフ場の土壌からエバーメクチンを発見した。僕がそうだったように、「えっ、そんなところで!」と思った人も多いだろう。国際的にはピンとこない大学に奉職していたという点も似ている。

と、クイーン Queenの”Sheer Heart Attack”(曲のほう)のようにブチッと終わってみる。


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