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4人の天才と4人の凡才の凹凸物語|幻の惑星ヴァルカン |Review

『幻の惑星ヴァルカン――アインシュタインはいかにして惑星を破壊したのか』
トマス・レヴェンソン著、小林由香利訳、亜紀書房、2017年
レビュー2023.05.28/書籍★★★☆☆

ニュートン力学からの示唆で発見された天王星と海王星。「すごいぜ!ニュートン」の余勢をかって、水星軌道の内側に未知の惑星があるはずだという空気ができあがる。しかし、噂のもととなった水星の近日点移動は、1915年、アインシュタインの一般相対性理論によって謎が解明され、ヴァルカンという名の宝(惑星)探しに終止符が打たれる。――この過程をドラマチックに描いた科学読み物が本書だ。

天才その1 アイザック・ニュートン

1687年の『自然哲学の数学的諸原理』(通称プリンキピア)で、二つの物体の距離と物体の質量で重力が決まることを「万有引力の法則」という名で理論化した。質量が大きいほど、あるいは距離が近いほど強い重力が働くというもので、天体の運動まで押し拡げて、太陽系の惑星の軌道を数学的に計算することを可能にした。

余談だが、ニュートン自身は孤独を愛する変わり者の類だったようで、何人もの科学者との間でいざこざがあったらしい。

天才その2 ピエール=シモン・ラプラス

ニュートンは本書においては前史的な扱いで、ラプラスからが本題である。「ラプラスの悪魔」の、あのラプラスである。

当時、木星の加速と土星の減速が観測されていた。実際の天体観測でこのような惑星の軌道運行に摂動(不規則性)があり、これが蓄積すると太陽系の規則的運行が破綻するんじゃないかと、ニュートンの天体運動説への疑念がくすぶっていた。

これに対し、ラプラスは確率論を応用し、ある惑星の運動不規則性が増加すれば他の惑星のそれは減少するのであり、長期的かつ全体的にみると太陽系は安定であると数学的モデルを解いて立証した。

1802年、ニュートンと違って著作に神への言及がないことをナポレオンに問われ、「陛下、私は神という仮説は必要としないのです」と答えたという逸話がある。なんかかっこいい。

天才その3 ユルバン・ジャン・ジョセフ・ルヴェリエ

海王星の位置を予測し、発見を誘導した男――それがルヴェリエである(ジョン・クーチ・アダムズもほぼ同時に予測を行ったらしい)。

60年前に発見されていた天王星だが、その軌道の理論値(当然ニュートン力学に基づく)と、観測値の間にずれがあったことが事の発端となっている。ルヴェリエは「未知の惑星があってそれが影響している」と考えた。彼は天文学者たちを煽った。「天王星の軌道から距離にして約36au(天文単位)、山羊座δ(デルタ)星の東およそ5度に位置する惑星を探せ」と。

1846年の海王星の発見は、ニュートン力学の性能を改めて裏づけることとなった。これに気をよくしたルヴェリエは、当時原因がわからなかった水星の公転軌道の近日点移動についても他の惑星の影響であると主張した。当時の計算で38秒角の軌道のずれを生む未知の惑星は、(“ルヴェリエ”ではなく) “ヴァルカン”と名づけられた。

天才その4 アルベルト・アインシュタイン

いよいよ我らがアインシュタイン兄さんが登場する。特殊相対性理論の発表後であり、加速度運動を含めた重力場の理論の構築に取りかかった時期である。

時間と空間を結びつけて考える一般相対性理論は、質量を持つ物体は重力で周りの時空を歪めると考える。さる解説の要約になるが、万有引力の法則が「太陽の重力で惑星が引っ張られて太陽の周りを回る」と説明するのに対し、一般相対性理論は「太陽の重力で時空が歪み、その歪んだ軌道に沿って太陽の周りを回る」と説明する。

こうして水星の近日点移動の問題は一般相対性理論によって解消され、皆既日食の観測を通じてこの妥当性が検証されることになる。太陽に最も近い水星では重力の影響が強大だったから、万有引力の法則から逸脱してしまったのだそうな。

アインシュタインは自伝でこう述べているそうである。
「ニュートンよ、私を許したまえ。あなたが創り出した概念を、直接経験の領域から遠く離れた概念に置き換えなければならない」。

凡才その1 ウィリアム・ハーシェル

1781年に天王星を(本書に拠ると偶然)発見した人。ハーシェルは生涯で400台以上の望遠鏡を製作したというマニアで、発見は天体観測精度の向上のおかげともいえる。

凡才その2 ヨハン・ゴットフリート・ガレ

1846年にルヴェリエの指示で海王星を発見したが、若干パシリのように使われた感もあり、同情したくなる。生涯を通じて彗星を研究した。

凡才その3 エドモン・モデスト・レスカルボー

ルヴェリエがヴァルカンの存在を提唱した1859年、田舎町の開業医だったレスカルボーがヴァルカンを発見する。ルヴェリエは現地に赴き、観測器具のチェックや本人へのインタビューを行って、どうやら本当らしいと結論した。その功績でレスカルボーは、ナポレオン3世からレジオンドヌール勲章を授与されてもいる。

しかし、この発見には再現性がなかった。では彼はいったい何を見たのだろうか? 太陽の黒点だったのか、別の天体物だったのか、はたまた地球外の未確認飛行物体だったのだろうか?

レスカルボーを誤謬させたのは、ニュートン力学とルヴェリエの洞察力に対するその時代の揺るぎない信頼感だとする意見をネットで見た。確証バイアスってやつだ。確かにそうかも知れない。これは次のワトソンにも共通するのだろうな。

凡才その4 ジェームズ・クレイグ・ワトソン

レスカルボーはアマチュア天文家だが、ワトソンはれっきとした天文学者だった。彼は1878年ワイオミング州での皆既日食の際に2つの未知の天体を観測したと報告した。4.5等級と明るさまで記録されたが、やはり再現性がなく、これを機にヴァルカン発見の熱気は急速に冷めていった。

読後のつぶやき

本を売るためか扇動的なサブタイトルだが、アインシュタインはヴァルカンを物理的に破壊したわけではない。だってはなから存在しないのだから。似たようなタイトルに『冥王星を殺したのは私です』(マイク・ブラウン著、梶山あゆみ訳、飛鳥新社、2012年)というのがある。冥王星の準惑星への降格の話だ。言わずもがな、こちらも冥王星は物理的に死んではいない。

ヴァルカンに触発されて脳が思い出したのは、太陽を挟んだ地球の反対側にある裏地球のことだ。初見はアニメだったか本だったか忘れたが、鏡像になっているもうひとつの地球に行き、(凡才の)自分とは違う(天才の)自分の生活を覗き見してみたいというひそかな願望があった。むしろ今のほうがおおっぴらに裏地球に実在していてほしいと思っている。

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