見出し画像

露に包まれて

GW後半が始まるというのに、心はどんよりとしていた。
任される仕事が増え、比例して責任も重くなり格闘する日々の中、パソコンをぶっ壊してしまうという失態。とりあえず別のパソコンで作業するも勝手が悪くて捗らない。何とか仕事が片付いた頃には、ほとほと疲れ果ててしまった。
重い目をこすりながら机の上を片付けていると、T子からスマホに連絡が入る。
「明日、2時に迎えに行くね」とある。
明日といっても、これはAM2:00のことである。
6時間後には山に登ってるんだな…と思うとやられたメンタルが更にやられて「マジか」と額に手を当て目を閉じた。

高尾山はトレーニングにいいという話で、近いうちに登ろうとT子と約束をしたのは先月のこと。その約束した日が明日だった。勿論、約束をした時には楽しみだったのだけど、ここのところ私はしくじり倒していて、そんな時というのは誰だって部屋のすみっこで小さくなっていたいものである。私の心は今、リアルすみっコぐらしを望んでいた。しかし約束したときのことを思い出すと

「GWで山も道も混むのは嫌だね」
「じゃあ深夜に出ちゃって朝日でも見ようか」
「いいね!1号路なら舗装された道だし、ライトがあれば行けそう」
「行ける行ける!」

T子はきっと楽しみにしているに違いない。ここは頑張って行かねば。
睡眠というより仮眠をとって、予定通り深夜3時に高尾山の登山口に立ったT子と私は思った。
「全然行けねーよ!」と。
もう揃ってる。
暗い、寒い、怖いの三拍子が揃っちゃってる。
全然怖い。底抜けに怖い。全力で帰りたい。

これには、なんだってわざわざ恐ろしい思いしなきゃならないのって気持ちになって、そっとT子を見る。
「これ行くん?」
少し間を置いて、ゆっくりと頷くT子。
T子の目が言ってる。ここまで来たガソリン代も高速代もムダには出来ないって。
意を決した二人は真っ暗な山道をひゃあひゃあ言いながら歩きだすのだけど、この日の私は完全に心が白旗を上げていて、この時点でもまだ部屋のすみっこで暮らしていたくてちょっと泣きたかった。

「おわかりいただけただろうか」と言いたくなる写真

登り始めは、とにかく暗闇が恐ろしかった。
明け方の山は登ったことがあるけれど、こんなに暗い山道は初めてだったから。それに、いつもなら男友達のゴリが居る。今日に限ってゴリの不在。ゴリが居ない山はこんなにも心細い。
こうやって書くと、まるでゴリへの恋心に気が付いた乙女のようだけど、単純にゴリラを連れて歩けない山道は不安なんだね!という気付きのみである。
そして舐めていたのが1号路の傾斜で、この傾斜がとにかくキツい。
6号路を登った時はサクサク余裕の小走りだったのに、舗装された道という情報だけでラクだと思い込んでいたのだけど、これは相当だるい傾斜だ。子供がえんぴつで描いたような斜面。しかも夜で前が見えないことで、この坂いつまで続くの?という終わりの見えない不安が襲って、倍疲れる気がする。
しかしもう前に進むしかない。もう今は振り返っても闇なのだから。
T子も私もはあはあと肩で息をして、大した会話も交わさずにひたすら足を前に出した。
フクロウと虫の鳴き声がずっと響いている。時々クモの巣に引っかかって、ヒッという声にならない悲鳴を上げてどちらかが突然走り出したりした。

心細く揺れるライトの明かりを見つめながら、考えていた。
私はnoteに自然の中にいると、ありのままの自分でいられる気がするっていうことを何度も書いてきた気がするのだけど、私の言う「ありのままの自分」とは何かって考えると「ちっぽけな自分」ということで、普段は取り繕っているということなんだよね。
最近の目標としては、そういう飾ったり覆ったりしているものを少しずつ下ろしていけるといいなって考えていたんだけど、意外にそれが出来ずにいつも通りに生きていて、そのことは少し自分をがっかりさせていた。
背伸びして平気なフリをしたまま、毎日はあっという間に流れていってしまう。
許すとか、許されるを求めてみても結構むずいんだなって考えていたら、急に三島の言葉が下りてきた。
あれ何だっけ、今なら理解できそうって調べてみたのがこの言葉。

どんなに醜悪であろうと、自分の真実の姿を告白して、それによって真実の姿をみとめてもらい、あわよくば真実の姿のままで愛してもらおうなどと考えるのは、甘い考えで、人生をなめてかかった考えです。

三島由紀夫 不道徳教育講座より

改めてこの言葉を読んで、私も根本的にはそう考えているのかもしれないと思った。
素直になりたいとか柔軟でありたいとか、チャーミングな人になりたいというのはそうなんだけど、そもそも私の描くいい女像って自分でしっかり立っていられる、きちんと自分の考えを持っている人って思ってきた気がする。っていうかずっとそう思ってきた。
楽をしようとしているのかも。
素敵に見えるあの人も、憧れるあの人も、みんな踏ん張っているのかもしれないね。

頭で考えることよりも、心で感じたことを重視したいけど、結局は頭で考えて生きて、これからもこうして自然の中で見つめ返すのだろう。答えはまだ出そうにないや。
三島の考えには賛否両論あるけど、私はこの言葉が好きだな。

ある程度登ると、木々で塞がれていた空が覗いて視界がクリアになってきた。
月が見え、尻筋が悲鳴をあげている。
キツかった傾斜もなだらかになって、会話にも笑顔が見え始める。
「ちょっと一旦ライト切ってみない?」
「いいよ」

「やっぱり早く点けて」と言った。

自販機を見つけて、T子とアミノサプリをがぶ飲みする。他には目もくれずアミノ酸一択な二人。自販機のある山万歳。

向こうに東京の夜景が見えた。

他人事みたいな夜景。キレイだね。
そろそろ夜明け。
山頂。すごい、雲海が出てる。
富士山もピンク。きゃわいい。

山頂は8℃で寒かった。
すべて露に包まれていて、時折ぽたぽたと落ちてくる。
滅多に運動をしないT子が登れて良かったと言ったとき、私も同じように良かったと思っていた。
T子は登っている間、どんなことを考えていたのかな。


この記事が参加している募集

今こんな気分

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?