見出し画像

果てしなさ

3日間のプチファスティングを始めたのは、痩せなきゃ痩せなきゃと言いながら、ちっともそんなつもりのない自分に嫌気がさしたからだ。
暫く、口に食べ物を運ぶ機械のように生きている。
口に食べ物を運ぶたびに考える。お腹は本当に空いているのかい?
もう長いこと空腹を感じていなければ、スッキリした身体でパンツを履いていることもない。いつも苦しいと言うウエストを無視して、口に食べ物を運ぶ。咀嚼して飲み込む。食事じゃなくて動作のようだ。果てしない。

私は果てしないことがあまり好きではないのだなと思う。
果てしなさを感じると眩暈がする。
紙を42回折るとその厚さは月へ到達します、とか、夜景のベランダでタワーマンションの中に何人住んでいるかを考えはじめてしまった時、とか、あああああー。

ファスティングと書くとお洒落だけど、実際私が行なっているのは単に胃を小さくする作業で、ブロッコリーや根菜、ゆで卵は食べてもいい上に、酒を飲んでも構わないという緩やかなもの。週末だもの、酒だけは飲みたい。他には何も要らないと思いつつ、やってくる空腹の波にせっせとブロッコリーや卵を茹でた。

歩いて飲みにも出かけた。
いつも電車や自転車で通り過ぎている街は、歩いてみると思っているよりもとっつきやすい街で、ふらっと雑貨屋に入ったり、ドラッグストアに寄ったり、たった今、焼きあがった甘くて香ばしい香りにウィンドウに張り付いて、今は食べられないメロンパンの丸さを確かめたりした。
もともとメロンパンは苦手なのだけど、この時ばかりは誰よりもメロンパンが好きなこだった。お店の人にもそう映ったはず。
結局、何も買わずにBARに着いて、甘くて強めのお酒を頼んだ。空きっ腹に流れるアルコールと甘さが美味しかったのはさておき、初めてBARでのロックグラスに感動していた。
ガッチリとした重さのグラスと氷山のような氷に溶けていく甘さのウネウネとした層をじっと見つめた。私、これが好きだ。
少し離れた席に座る白髪のナイスミドルがマスターに万年筆の話を少し笑いながら話し、ロックグラスに入ったウイスキーを一気に飲み干して颯爽と去っていった。終始スマートだった。
いつか私も同じように飲んでみたい。しかし浮かんでくるウイスキーの銘柄は、贔屓の酒店のおじさんが美味いという、角と知多と碧のみだ。
「ハイボールなら角一択!」とじっちゃんの名に懸ける調子で言っていた。カクヤスっていうんだけど皆さんご存知か。

ロックグラスの嬉しさに同じものをもう一杯注文し、店を後にした。書店で文庫を探すも目当てのものは無く、またしても書店に居ながらネットでポチッてしまう。微力ながら本屋さんの力になりたいという思いが、また人差し指から消えていく。

往復13,000歩を歩いて帰宅。
酒を訪ねたにしては歩いた気がする。
水を飲んで、付けっぱなしにしておいた床暖房に転がるとそのまま少し眠ってしまった。
夜中に目が覚めて、久しぶりに腰骨に気が付く。
体重がドカンと減るわけではないけれど、いつだって身体はきちんと答えているのだなとズボンに下着ごと手を突っ込んで、うっすらと現れた腰骨の山を撫でた。
本当はもう少し出ていたかしら?

丁度いいはどこだろう。あの頃の私に、ではなくて、今の私に丁度いいになるのがいい。
今の私に丁度いいは?考えたら果てしなくなる気がして、引っ張ったブランケットの中でモゾモゾとロックグラスに氷がぶつかる音を思った。

本当の私はあの頃の私じゃない、いつも、今なの。
自分自身で間違えないようにしたい。


この記事が参加している募集

ほろ酔い文学

今こんな気分

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?