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休日出勤した日のこと。

それは休日出勤した日のこと。
誰もいない事務所で黙々と作業していると、経理のRちゃんがやってきた。
今週中に少しでも進めておかないと気が気じゃなくて、という理由でこの寒い中、出社したらしかった。真面目だ。
私といえばその週、風邪で早退し、次の日も午前休したので単純に仕事が間に合っていなくて出社した。
風邪はもう楽になっていたけど、鼻に関しては完全に閉ざされたまま、100パーセント口呼吸に頼って生きていた。鼻で呼吸が出来ないことの辛さよ。家光、私の鼻まで鎖国した?

二人とも無駄口をたたかず作業したおかげで、午後過ぎにはある程度進んでいた。コンビニのサンドイッチを口に運びながらなぜか「最強の動物って何だろうね」ということについて議論する。
「やっぱり百獣の王ライオンかね?」
「でも、ゴリラ最強説ってあるよね」
「カバ最強説もなかった?」
「あった 笑」
「象は40キロくらいで走るらしいよ」
「えっ!40キロ!それなら象じゃない?」
「でも象って怒らないイメージあるよね」
「あるね。ゴリラってどの位の大きさだっけ」
「うーん。個体差あるからなぁ」
「出た。人によるってやつ、一番欲しくない答え」
「笑 じゃあこのくらい?もっと?」

こんな会話の流れから猛烈にゴリラが見たくなって、ゴリラがどうしても見たいと伝えるとRちゃんも首を縦に振った。このシーン、振り返ると笑う。
どんよりとした灰色の雲が空を覆い、北風が吹きつける中、二人で電車に乗って上野動物園に向かった。

ゲートで入園料の600円を払う。モネは3000円もしたのに600円って!と思う。600円ぽっちで動物たちお腹いっぱい食べられているのだろうか。

スタッフの女性に「ゴリラってどこにいますか?」と聞くと、ゴリラは…と女性の顔が曇った。腕時計を確認し、顔を上げると「ゴリラはあちらの方向です。ですがゴリラは3:45までですので急いでください!」
時計は3:25を指していた。慌てて走り出す二人。だだっ広い上野動物園にびゅうびゅう風が舞う中「いやぁ~寒い~〜!」「ゴリラ~~!」と叫びながら走る。鼻の鎖国で息が苦しい。しかし、もう少しで7頭のゴリラに会えるのだ。思えば動物園なんていつぶりだろう。生でゴリラが見られるなんて、何て夢があるんだろう(しかも600円)走りながら二人とも生のゴリラへの期待で胸がいっぱいだった。
「ゴリラの森」の看板が見え、木彫りのゴリラの展示などがいち早く迎えてくれるが、今は時間がない。生のゴリラはあと15分しかないのだ。
巨大なアクリル板の柵が見えてきた。
あの奥に7頭のゴリラが・・・
上がった息を整えながら二人とも無言でゴリラの森を眺める。

「ゴリラ居ないね」
「うん。ゴリラ居ない」

何かの間違いであって欲しい。
木が生えてる下にいるのかなってアクリル板の周りを目を凝らしながら歩く。ゴリラ1頭も居ない。途中で貼られた貼紙に気が付いて読んでみると「ゴリラの体調を考えてゴリラの出入りを自由にしています」と書かれている。

「ゴリラみんな中入ってる」
「寒いもんね」
「違うの見に行く?」
「ゴリラを諦めきれない」
「あと10分あるから待ってみようか」
「うん」

アクリル板に張り付いてゴリラを待っていると、突風が吹いて一面が白く光った。バリバリバリバリッ!季節外れの雷に皆キャーとなっていると追い打ちをかけるように大量の雹が降り始める。この時の私の心を文章にするならば、寒い!痛い!ゴリラ!に尽きる。
これはもうゴリラも出たくないわと諦めようとした時、Rちゃんが
「あ、ゴリラ覗いてない?」
突然鳴る雷と雹の音に、ゴリラが何だ何だと顔を覗かせていた。
「よく見えないけど小さくない?」
「後ろにいる見えないほうのゴリラのほうが大きそうだね」
「うん、やっぱ個体差あるね」
「個体差あるね」

出てきてはくれないゴリラ

やっぱり最強は象か、とゴリラを諦めた二人。
「他に何か見たいのある?めっちゃ寒いけど閉園まであと1時間あるよ」とRちゃんに聞くと
「うーん、ワオキツネザルかな」
ワオキツネザル。マップを確認して
「ここじゃない?あれ、違うか、こっちだ!遠っ!」

突風と雷と雹は降り続き、来園者は帰宅する者、グッズを買いに行く者、方々に散っていく。
閉園まであと1時間。

「走れ~~~~~~!!」
雹対策でマフラーを頭にぐるぐる巻いた二人は、生のワオキツネザルに向かって走り出すのだった。

上野動物園MAP
世界のサル、ここか?
こっちか!遠っ!
止まってはくれないレッサーパンダ
しかしNo. 1可愛いで賞🥇
立ってはくれないミーアキャット
背景に馴染みすぎるマヌルネコ
唯一、シャッターチャンスを与えてくれるトラ


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