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夢にじいさん

おじいちゃんに会ったことがない。
私が生まれた頃には、どちらのおじいちゃんもいなかったから。
父方の祖父は早くに亡くなり、母方の祖父は蒸発したらしい。このことについて母は語らなかったし、私自身も全く気にならなかったのだけど、一度だけ母がダイニングテーブルで遅い昼食をとっている時に
「そういえばおじいちゃんてどんな人だったの?」と聞いたことがある。
母は一瞬、焼魚をほぐす箸を止めて
「おじいちゃんはね、すごく色男だったらしいのよ」と目線を下げたまま言った。
ポツポツと母が話したことによると、もともと少し良いところのお嬢さんだった祖母は、祖父と出会い、家族の反対を押し切って結婚、5人の子供を産んだ。その後、祖父は急に居なくなってしまったのだという。

焼魚とご飯を忙しなく口に運び、一度も顔を上げない母の口元を見ながら私が考えていたことは、自分の父親のことを「らしい」と話すということは、母も祖父の記憶はないのだろうということと、同じく父におじいちゃんはどんな人だったのかを尋ねた時に、父が言った「とんでもねぇじいさん」という一言だった。
父のじいさんだけでなく、母のじいさんも「とんでもねぇじいさん」ではないか。

それ以降、私はおじいちゃんの話を聞くことはしなかった。別に聞けば詳しく話してくれるだろう、しかし単純に興味がないのだ。
おじいちゃんといっても、姿すら見たことがない人に対する感情はそんなものなのかもしれない。

もう半年以上前のこと、夢におじいさんが出てきた。
夢の中で私は山を登っている。
山と言っても鬱蒼とした山道ではなく、随分整えられた道で、山頂が近いのか付近の山肌も一目に見渡すことが出来た。
いつも一緒に山に登る友人と「ここはどこの山だろう」と話していると、急にヒューっと風が吹いて辺りが真っ白い霧に包まれた。
前方から下山する人を確認するも、霧でよく見えない。すれ違う頃にやっと背格好からおじいさんなのだなと思うが、肝心の顔がよく見えない。
「すみませーん。この山、何ていう山ですかー?」
スタスタと去っていくおじいさんに向けて大声で叫ぶ。
おじいさんは聞こえないのか足を止めてはくれない。
友人と顔を見合わせ、行っちゃったねという無言の意思疎通をすると、真っ白だった霧が一斉に晴れ、視界がクリアになった。
去って行ったおじいさんが脚を止め、こちらを振り返って叫んでいる。
「雲取山ぁ~〜~」

ここで目が覚めた。
雲取山。
雲取山に登ったことはないけれど、関東圏の山で名前は知っていた。スマホに「雲取山」と打ち込んで検索した画像は、確かに夢に出てきた山によく似ていた。
こちらを振り返ったおじいさんは逆光で口元しかよく見えず、顔がぼやけていた。
でも写真で見たことがある父方の祖父ではなかったし、若い頃は色男だったという風でもない。グレーポロシャツにベージュのズボンを履いたよく見るおじいさんだった。

この夢を全然忘れる気配がない。
雲取山に行ってみようかとも考えた。
しかし調べれば調べるほど雲取山に興味が沸かない。
夢で見た通り道がよく整えられ、山頂までの距離がまあまあ長いのだ。
どうせ山に登るなら、山道を歩きたいと思ってしまう。だから気にはなっても、夢に出てきた知らないおじいさんを追って雲取山には登れない。

そして昨日の夜、また夢に知らないおじいさんが登場した。
おじいさんその②だ。
私はペンションに泊まっていて、外は一面の銀世界。
見慣れないパウダースノーに私のテンションは上がり、薄着でスキーを履いて、坂道でもない雪の上をどうにか滑ろうと雪にストックを突いている。
すぐに身体が冷えて震えていると、向こうから私以上に薄着のおじいさんが現れた。
肌着にズボンに長靴だった気がする。
そして今回も太陽の光に反射して顔がよく見えない。
「寒いですね!」と声をかける。
「そんな薄着で寝ているから風邪を引くんだ」と呆れたように言い、長靴でザクザク雪を踏んで去っていく。
その後ろ姿に「私、寝てないですー」と叫んで目が覚めた。

私、寝てないですー。
思いっきり寝ていたなと思った。
タイマーをかけていた暖房が切れ、部屋は冷えきっている。
暖房のスイッチを入れ直し、すぐさま布団に包まる。
外はまだ暗いのに眠気は遠のいて
「そんな薄着で寝ているから風邪を引くんだ」というおじいさんの言葉だけが残っていた。

夢に知らないおじいさんが出てきても、別におかしいことではない。
だって夢だから、そんなこともあるはずだ。
ただ鮮明に記憶に残り、何だったんだろうと考えてしまう夢にはおじいさんが登場していると考えるとやっぱり少し不思議だ。
この先も夢におじいさんが登場して、どんどん意味深なことを言って目が覚めたら困る。
今回出てきたのはおじいさんその③だったなとか、今日はその②とその⑥が一緒にいたな、なんて冷静に思う自分を想像したらゾワッとして考えるのをやめた。

私は本当のおじいちゃんに会ったことがない。
だけど知らないおじいさんは夢にでてくる。
うちの「とんでもねぇじいさん」たちは何をしているのだろう。
私の夢に出てくるのはどこかの「とんでもねぇじいさん」だったりするのかもしれない。
どうせ出てくるのなら、とんでもなくてもやっぱり本当のおじいちゃんに出てきてほしいなと思う。


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