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子供になる

庭の楠木が、
隣家の屋根に葉先が当たるほど
伸びてしまっている。
昼からの風が強く、
ゆっさゆっさと楠木が揺れる度、
あともう一歩で、
葉先は隣家に当たってしまいそうだ。
脚立を楠木に立てかけ、
ノコギリで問題の枝を切りにかかる。
勝手気ままに吹く強風の中で、
私は楠木に体を預けていた。
脚立を土台に枝や幹にしがみつき、
する気もなかった木登り遊びの体である。
揺れる楠木は、
私をあやすように揺れていた。
とうとう、問題の枝は切り落とせたが、
落下した枝の重みが、
隣家の洗濯竿をへし折ってしまった。
一目散に隣家に事情を伝え、詫びを入れる。
弁償しますと言ったが、
別にかまへんとご主人が仰って、
私は何度も頭を下げながら帰った。
参ったなあと庭に戻り、
切り落とした枝を持つと、
私の腕より立派な重量感がある。
そう言えば楠木にしがみついている時、
私は楠木に抱かれている気分だった。
変な言い方を承知で、
やっと子供になれた気がする。
久方ぶりに先程は、
人に、本当に頭を下げる事が出来た。

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