アナログ派の愉しみ/映画◎メリアン・C・クーパー監督『キング・コング』

トランプ前大統領と
類人猿の怪獣とのこれだけの接点


アメリカのトランプ前大統領が今秋(2024年)の返り咲きをめざし、大集会であれこれの訴訟沙汰について「魔女狩りだ!」と主張するニュース映像を見て、強いデジャヴ(既視感)にとらわれるのはわたしだけだろうか。真紅のキャップとネクタイをトレードマークにして雄叫びをあげる巨体が、あの類人猿の怪獣キング・コングと重なって見えてしまうのである。

 
メリアン・C・クーパー監督の古典的な映画『キング・コング』(1933年)をあらためて眺めてみたら、やはり両者のただならぬ接点を発見したので、そのへんにポイントを絞って以下にストーリーを追ってみよう。

 
ハリウッドの野心的な映画プロデューサーが、美貌の女優アン(元祖絶叫クイーンとなったフェイ・レイ)と撮影隊を率いて貨物船ではるか南洋へ向かい、太古の生物がいまだに生き残っているロストワールドで巨大なキング・コングと出くわして、アンをさらわれてしまうという設定だ。そもそもそこは地図にのっていない孤島で、われわれが日常を過ごしているのとは別種の世界であり、見方によっては、トランプ・タワーに象徴されるように実業家としてドナルド・トランプがおよそ世間一般とはかけ離れた世界で(ほとんど税金を納めることもなく)生きてきた過去と符合するだろう。そして、キング・コングがジャングルのなかで恐竜どもとの死闘に打ち勝って君臨するようすも、トランプ前大統領が不動産王の名をほしいままにした事情と二重写しになるのだ。

 
やがて、キング・コングは映画プロデューサーの手によってアメリカ本土へ連れてこられると「世界第八の不思議」のキャッチフレーズで人気を博し、実物をひと目見ようと全国から群衆が押し寄せるありさまはトランプ前大統領の支援者集会そのものであり、新聞記者連中がカメラのフラッシュを向けると逆上して手がつけられなくなるのも、マスコミ嫌いのトランプ前大統領の態度を彷彿とさせるだろう。

 
かくして、アンを片手につかんでニューヨークを闊歩したあげく、エンパイアステートビルの頂上へ登って仁王立ちになったキング・コングの姿こそ、まさに覇権国アメリカのシンボルであり、わたしの目に演壇上のトランプ前大統領をダブらせたものだった。もっとも、いささか買いかぶりだったかもしれない。そこへ戦闘機の大群が攻撃を仕掛けてきたとき、アンを後生大事に扱って危険から遠ざけたキング・コングの振る舞いは、元ポルノ女優とのあいだで不倫の口止め料をめぐって諍いをするトランプ前大統領よりもずっと紳士的と言えるだろう。おびただしい銃弾を全身に浴びて、ついにビルから転落したキング・コングの最期を見届けて、映画プロデューサーはこう呟く。

 
「飛行機じゃない、美が野獣を射止めたのだ」

 
現代のわれわれの目にも斬新なこのSFX作品の公開によって、キング・コングが初めて人類の前にお目見えしたのは、大恐慌の猛烈な嵐が吹きすさび、アメリカではフランクリン・ルーズベルトが第32代大統領に選出され、ドイツではアドルフ・ヒットラーが首相の座に就いて、第二次世界大戦へ向けて歯車が大きく回りはじめた時代だった。それから一世紀近くが経過したいま、ウクライナやパレスチナを舞台とする戦火はいまだに終息が見通せず、第三次世界大戦の可能性すら取り沙汰される状況にあって、さて、トランプ前大統領の存在は人類の歴史に何をもたらすのだろうか?
 

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