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アナログ派の愉しみ/音楽◎『ホルショフスキー・カザルスホール・ライヴ1987』
かれにとって音楽と
哲学はひとつのものだった
ピアニストは手指をさかんに運動させるからだろう、他の楽器のプレイヤー以上に年齢を重ねても心身の衰えをきたさないケースが多いように見受けられる。往年のコルトー、バックハウス、ルービンシュタイン、ホロヴィッツ、リヒテル……といった名手から、現役のバレンボイムやアルゲリッチなどのスターまで、きわめて長い活動期間を誇っていることは周知のとおりだ。とは言っても
アナログ派の愉しみ/映画◎メリアン・C・クーパー監督『キング・コング』
トランプ前大統領と
類人猿の怪獣とのこれだけの接点
アメリカのトランプ前大統領が今秋(2024年)の返り咲きをめざし、大集会であれこれの訴訟沙汰について「魔女狩りだ!」と主張するニュース映像を見て、強いデジャヴ(既視感)にとらわれるのはわたしだけだろうか。真紅のキャップとネクタイをトレードマークにして雄叫びをあげる巨体が、あの類人猿の怪獣キング・コングと重なって見えてしまうのである。
メリ
アナログ派の愉しみ/本◎フォン・シーラッハ著『コリーニ事件』
こうした真摯なミステリー小説が
日本に出現する可能性は
2001年の初夏、東京・帝国ホテルの一室で殺人事件が起こった。被害者は87歳の大手機械メーカー元社長で、気さくな人柄で知られ、この日も財界の重鎮として雑誌の取材を受ける予定だった。犯人は67歳の中国人の男で、インタビュアーを装って部屋に侵入するなり4発の銃弾を浴びせて相手を即死させたあと、現場にとどまっていたところを逮捕された。新米弁護士の
アナログ派の愉しみ/映画◎セシル・B・デミル監督『サムソンとデリラ』
イスラエルとガザが
舞台の狂おしい恋愛劇
往年のスペクタクル史劇、セシル・B・デミル監督の『サムソンとデリラ』(1949年)が、現代のCG技術に馴染んだ目には子どもだましの映画のように映るのも無理ないのかもしれない。しかし、わたしは最近久しぶりに鑑賞して、それはまったくの見当違いだと思い知らされた。すっかり肝をつぶしてしまったのである。
その舞台となっているのがイスラエルとガザで、しかも映
アナログ派の愉しみ/映画◎ヘンリー・フォンダ主演『十二人の怒れる男』
そのとき裁判員たちは
どのように判断したのか
きわめて興味深いケースと言うべきだろう。2016年8月、東京・文京区で4人の子どもを持つ母親が窒息死の状態で見つかり、講談社のやり手のマンガ編集者だった夫が逮捕された。その朴鐘顕(パク・チョンヒョン)被告は、裁判で妻の佳菜子さんの自殺を主張しながら、一審・二審で懲役11年の有罪判決が下されたのち、2022年11月21日に最高裁が「重大な事実誤認の疑い
アナログ派の愉しみ/音楽◎シスタースマイル歌唱『ドミニク』
ザ・ビートルズを超えた
ヒットソングの真実
ドミニカ ニカ ニカ
この呪文のような言葉を舌の上にのせたとたん、たちまち半世紀ほど前に刷り込まれたメロディがよみがえってくるのはわたしだけではないはずだ。双子の女性デュオ、ザ・ピーナッツが世界的なヒットソングをカバーした『ドミニク』はかつて一世を風靡したにもかかわらず、今日まったく耳にしなくなったのは、歌詞につぎのような一節が含まれているから
アナログ派の愉しみ/映画◎宮崎 駿 監督『風の谷のナウシカ』
あしたはたくさん飛ばなきゃ――
少女が政治を変革するとき
宮崎駿監督のアニメ映画『風の谷のナウシカ』(1984年)が目の前に新しい扉を開いたときの衝撃は、いまも鮮やかに記憶している。ごく簡単にストーリーに触れておこう。人類の文明社会を焼き払った最終戦争「火の7日間」から1000年後、世界は環境汚染がもたらした「腐海」の侵食に脅かされながら、なおも覇権をめぐって争いが絶えず、ふたつの列強国にはさま
アナログ派の愉しみ/音楽◎ベルリオーズ作曲『幻想交響曲』
芸術家とは
一体、何者だろうか?
芸術家とは一体、何者だろうか? 詩人、画家、音楽家……といった職種の呼称とは別に、そこにはもっと根本的な創作態度への問いかけが含まれているようだ。おそらく近代日本でこのテーマに最も鋭敏な問題意識を持っていた芥川龍之介は、アフォリズム風のエッセイ『芸術その他』(1919年)をこう書き出している。
「芸術家は何よりも作品の完成を期せねばならぬ。さもなければ、芸
アナログ派の愉しみ/音楽◎ワーグナー作曲『トリスタンとイゾルデ』
その音楽には
魔性が棲みついている
クラシック音楽において、男と女の性愛の闇に最も奥深くまで分け入ったのはリヒャルト・ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』(1865年初演)だろう。この白日夢のような楽劇に、わたしはただならぬ魔性が棲みついているとしか思えない。
そもそも、ワーグナーがこの作品をつくりあげたのは、ドイツ国内での革命運動に失敗してスイスへの亡命を余儀なくされ、新たな地で庇護の手