心変わりと幸せ
いつもは土曜日の夜の電話は日曜の夜に変更してもらった。
そうすれば、明日、仕事だからという理由で早めに電話を切り上げることができると思ったからだ。
我ながら卑怯なヤツだと笑えてくる。
あの交通事故以来、15年に渡って弟との間でほぼルーティンで繰り返されるこの電話相談の議題は毎回、ほぼ同じ
僕は友達に嫌われてしまった
というヤツである。
出てくる登場人物もこの15年くらいほぼ同じで、Oさんと Tくんの二人だった。
彼のそのまるで壊れかけのCDみたいにリピートされる悩み相談は、これまでは単なる杞憂に過ぎなかったのだけど、今回はどうやらそのうちのひとりTくんに本当に嫌われてしまったようだった。
でも、弟には大変申し訳ないけれど、僕はいつの日かこうなる予感はしていたよ。
良くも悪くも彼は普通の男性だからさ。
やはり交通事故の後遺症で、感情のコントロールがままならなくなってしまった弟のことをいつか持て余してしまう日が来るだろうな、ってね。
むしろ15年も友達でいられたことが奇跡だと思うし、それはやはりTくんと弟の相性が抜群に良かった証拠なんだろう。
ちょっとタガが外れた弟のヘイトスピーチをひととおり電話越しに全身に浴びた後、僕は彼に対して、こう質問した。
「じゃあ彼のことはもうこれっきりでいいと思っているのかな?」
「いや、そうじゃないよ。」
だったら…。と僕は、これから彼が取るべき行動についていくつかアドバイスをした。
「どうか、どうか、どうか、この春の嵐が早く静まり、君の心に平穏が訪れますように」
と心の中で祈りながら。
あの事故で、弟がこんなふうになってしまっ
てから、僕たちはいったい何のために生まれてきたのか?ってずっと自問自答を続けてきた。
無論、そんなの幸せになるために決まっているのだけど、だったらなんで弟はこんな過酷な運命を引き受けなきゃいけないんだ
ってずっと思っていた。
そして、僕はずっとそんな弟のことをどこかで見下して憐れんでいたのだと思う。
しかし、それは僕の大きな勘違いだったということに、今回の一件で図らずも僕は気づいてしまった。
だって、失うことでこんなにもそう自分の身を切るほどの辛い気持ちになるくらい、とても素敵な友人に彼は巡り会えたわけだから。
そんな弟は、きっと本人は全く気づいていないというか、今はむしろまったく真逆の気持ちだと思うけど、
もうちゃんと
あの幸せってヤツを
その手中に納めていたんだよね。
きっと本人がそれに気づくのはまだずいぶん先の話だろうけど、彼のことだから、
いつの日か気づくはずだ
って僕は信じている。
そして、それは双子の兄貴の僕だってきっと同じなんだろう。
そう、だって僕ら二人は
幸せになるため
にこの世界に生まれてきたのだから。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?