3回目の妊娠で初期流産した話

標記のとおり、つい先日人生3回目の妊娠をして、すぐに流産した。妊娠遍歴を更新しなければならない。以下の通りになった。

<妊娠遍歴>
2021年 妊娠①、死産(後期流産)
2022年 妊娠②
2023年 無事出産
2024年 妊娠③、初期流産

特にイレギュラーなことは起きていないと思うが、誰かの参考になるかもしれないので、どのようであったか書く。
病院にいた他の妊婦さんについても言及する。


前提

以前にも書いた記事や上記にもある通り、私の兄弟は全て流産死産をしており、私自身も最初の子供を死産したことによる場数のためか、流産時に一般的に受ける精神的なショックをそれほど受けていないので、そのあたりの話は書かない。
また、胎嚢確認から心拍確認までの間での流産となり、5週相当の大きさで成長が止まったと思われる。初期流産の中でもだいぶ早い方だと思う。
なお、妊娠前の生理開始日を0w0dとして各日にちを○w○dと記す。

背景

人によって妊娠、出産、流産、死産は違う。
ただ、順調か否かに関係なく妊娠中の心配事は尽きず、似たような境遇の人の体験を探し、参考にしたくなってしまう。
本当は、不安要素があっても無事であった旨の明るい話を書きたいものだが、今回の自分の場合は残念な結果になってしまった。もちろん同じ不安要素がある人達が同じように流産となるとは限らないが、一例として参考にしてもらえると嬉しい。

経緯

妊娠判明  5w0d  〜

3w末から4w初めまでに少量の出血があり、着床出血のようだった。私の場合は死産した息子のときも娘のときも着床出血があった。その他にも軽い腹痛等の妊娠症状のようなものがあった。
息子死産後からずっと生理不順だが、とりあえず5w0dに妊娠検査薬を試し、陽性となった。線が出ているのは明らかだが、とても薄い線だった。
娘妊娠時に5wで初めて受診して何も見えなかったため、受診は娘を出産した総合病院で1週間後にすることにした。

受診①  6w1d  〜

初受診でのエコー検査で胎嚢は見えなかった。生理不順だったこともあり、まだ早かったかもしれないと判断された。私自身、今回は流産かもしれないと感じ、先生に意見を求めたが、5w0d時の検査薬の線の薄さから、まだ継続の可能性はあると言われた。また、先生は何も言わなかったが、子宮外妊娠も心配だった。
その後、3、4日に1回の頻度で比較的明るい色の出血がおりものに混ざる程度にあった。

受診②  7w2d  〜

6wで胎嚢が見えなかったのと出血があったため、期待をせずに受診した。このときの先生に、流産の覚悟をしている旨を内診前に伝えた。しかし、このときエコー検査で胎嚢とその中の卵黄嚢が綺麗に見えた。内診台の上で思わず「えっ」と言ってしまった。ただ、5w相当の大きさだったので、私自身はやはり厳しいかと思っていた。不順とはいえ、胎嚢の大きさから考えられる排卵日が排卵予想日からだいぶずれていた。とりあえず子宮外妊娠ではないだろうと安心した。
このときの先生にも不順のためまだ流産になるかわからず、次は2週間後に、と言われたが、流産であれば早めに診断されて方針を決めたかったので1週間半後の予約をした。
その後、毎日少量の出血があった。前の週よりも増えたようだったが、多くても、これから生理が始まりそうなくらいにおりものに血が混ざっている程度だった。腹痛はなかった。やはり厳しそうだと思いながらも色々ネットで調べて、妊娠初期の少量の出血はよくあることだと自分に言い聞かせ、まだ妊娠継続の希望を少し持っていた。初期の頃に胎嚢が小さかったのに後から週数相当になったケースも見つけたので、まだ流産とは限らないと思っていた。

受診③  8w5d

3回目の受診でも、毎日出血していることと流産を覚悟している旨を先生に伝えてエコー検査をしてもらった。胎嚢らしいものはあるが、中身は見えなくなっており、稽留流産と診断された。個人的には家族のことを考慮して早めに処置をしてもらいたかったが、処置の方針は病棟担当の先生にも診てもらって判断しなければならないらしく、次の週に病棟の先生の受診予約をしてこの日は終了となった。

自然排出、受診④  8w6d

受診③の翌日朝、生理のような感覚があり自然排出が始まったとわかった。多い日と同じくらいの出血があり、急いで娘出産時の余りの産褥パッドをあて、通常の生活と変わらず過ごしていたが、いつ激痛がくるかとかなり怖かった。ただ、産褥パッドはかなり偉大で、血が漏れる心配は全くなかった。生理用ナプキンだと心許なかったと思う。
結果的に思っていたほどの痛みはなかった。せいぜい軽い生理痛くらいで、正直、拍子抜けだった。
正午にはそこそこ出血が落ち着き、痛みもほぼなくなった段階で病院に電話して指示を仰いだ。本当は多い出血があった段階で連絡した方が良かったかもしれない。すぐに診察するので病院に来るよう指示された。
診察の結果、おそらく胎嚢は出ており、手術の必要もないだろうとのことだった。次の診察の予約を約1週間後に取り直した。遠出を控え、次の診察まで湯船を禁じられた。産婦人科で湯船を禁じられるのはこれで3回目で、いずれも寒い時期である。毎冬、色んな形で分娩をしていることに気付いた。

余談

●娘出産時の助産師さんと再会

受診①のとき、たまたま娘出産時に担当してくれた助産師さんから保健指導があった。娘の話もして、助産師さんも嬉しそうだった。もちろん今までの妊娠について話さなければならないのだが、助産師さんに死産の話も覚えていてもらえていたため、かなり気楽だった。

●慌しくなる産婦人科外来

受診③のとき、動いている2つの診察室のうちの1つが慌しくなったのが待合室でもわかった。車椅子が用意されたり、妊婦健診の付き添いは不可であるのに妊婦さんの旦那さんらしい人が診察室に案内されていた。この時点で、死産だろうな、と勝手に推理した。前に診察室に入っていった妊婦さんのお腹は少し大きめだった。また、危ない状況でももし赤ちゃんが生きているのであれば一刻も早く何かしらの処置に移っていただろう。旦那さんがついてきていたことを考慮すると、元々何かしら不安要素があったのだろうか。これらの状況により、辛い言い方をすると手遅れだったのだと推測できた。
診察室から出てきた妊婦さんを見るのは息子死産を思い出しそうでわざと避けようとしたが、視界の端でふらふらして診察室から1番近い待合室のベンチにたどり着いて座るのが少し見えた。その妊婦さんが診察室から出てきてすぐに、その診察室に入るよう私の受付番号が表示されてしまったのだ。このときの先生の立場では、私を含む他の妊婦さんを長い間待たせるわけにはいかないと思って、私をすぐに呼んだのだろう。私としては、その妊婦さんを少し見ることになってしまったのと、前述の助産師さんが暗い顔をして診察室から出てくるのとすれ違ってしまったので、少々辛い思いをした。さらに、自分はこれから流産と宣告されることを覚悟している状態で、実際に稽留流産と診断される。仕事とはいえ、連続で死産と流産の妊婦を診るのは先生も辛いだろうと申し訳なくも思った。

●病棟での受診

自然排出となった受診④の日は休日だった。外来の診察室で受診になると思っていたが、産科病棟で受診することになった。看護師さんの話によると、外来の診察室に他の患者さんがいるため入れないようだった。産婦人科はやはり緊急の受診の人が多いのだろう。前日の死産になっただろう妊婦さんのことを思い出してしまった。

●自然排出で1人で病院へ

受診④のとき、娘を夫に任せて1人徒歩で病院に行ったのだが、助産師さんに叱られてしまった。出血もある程度おさまり、腹痛もなかったので問題なく病院に辿り着いたのだが、途中で大量出血をして意識が朦朧としてしまうこともあるかもしれないので、家族に付き添ってもらうかタクシーを使うべきだったそうだ。そんなことを言われながらでも、また私は徒歩で帰ってしまったのだが。

まとめ

短い妊娠期間であったが、無事に分娩することができた。実は最後の受診がこれからであるが、きっと問題ないだろう。何かあれば後日加筆等する。
胎嚢が見えただけでも妊娠を実感できたし、精神的に辛くなる前に、手術の必要なく、腹痛もそれほどなく出てきてくれたことにとても感謝している。
自分のことよりも受診時に見かけた死産であろう妊婦さんのことが気掛かりで、そんな自分に対して自分の経験がそうさせてしまうのは仕方ないことだと言い聞かせている。

今回の自分の場合は残念な結果になったが、少量の出血が続いていることが流産の兆候であるとは限らない。妊娠継続する場合でも出血することはあるらしい。本記事での流産はあくまで一例と考えてほしい。
今回の流産で産褥パッドがあってとても助かった。無事に出産する場合も使うため、初期に用意していても良いかもしれない。
また、流産進行中の可能性があるときに1人で外に出るのは危険なので、誰かに付き添ってもらわなければならない。気をつけてほしい。

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