「法衣の話」

これもずいぶん昔のことです。ぼくは37歳の時に大切な人を失いました。突然のことでもあり、お葬式は慌ただしく決められてゆきました。行ったことのない土地の斎場で、葬儀は行われることになりました。家のお寺さんはすでに法事が入っているからその日は来られないということで、斎場の方にお願いして、お坊さんを手配してもらいました。

お通夜の日から、でもぼくはひたすら泣きくれていて、ほとんど式のことは覚えていません。親戚や友人の何人かがぼくの周りを動いているなという感じで、ただ下を向いて泣いていたのです。お通夜の前だったか後だったかに、そのお坊さんに挨拶をする時にも、ただ泣いていて、何を話したのかもわかりません。

それでお通夜が終わって、次の日の告別式になりました。ほとんど通夜に来てくれた親族や友人が、また朝から来てくれていて、ぼくはと言えば、相変わらず泣き暮れていたのです。で、告別式場に向かって歩き、椅子に座って、お坊さんが入場してきました。そのとき、実家の伯父さんがぼくの耳に近よって言うのです。「育男、あの法衣はすごいよ、特別な時にしか着ない法衣だよ」とすごく驚いて言うのです。ぼくはお坊さんの法衣には何の興味もなかったのですが、目を上げて見てみれば、たしかに、紫色が鮮やかな、とてもおおぶりな法衣を着ているのです。

そのことを後に思い出すのです。あのお坊さんは、見ず知らずの人のために、告別式の朝、どの法衣を着るかをしばらく迷ったのだろうか。なぜあの日、あのように豪華な衣装をまとおうとしてくれたのだろう。


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