「もう悩む事はないんだから」

「もう悩む事はないんだから」

これも勤め人の頃の話です。2007年の春だったと思います。

朝からお台場で全社員会議でした。横浜駅から東海道線で新橋駅へ。殺人的な混雑ぶりでした。新橋で乗り換え、ゆりかもめで台場駅へ。こちらはうって変わってゆったりとしていて、乗り物は大きな空を浮かぶように進んでゆきます。はるかな海を遠くまで見つめているうちに、中空の駅に着きました。

大きなホテルの大きな会場で、一日の会議が滞りなく終わり、夜の食事になりました。フランス料理を食べ、お酒を飲むうちに会場は暗くなり、ゲストの登場です。司会者の、今日は大物ゲストですという紹介で出てきたのは、西城秀樹さんでした。正直、なんだという気持ちが一瞬おきました。いまさらという感じです。ちょっとがっかりしました。

でも、最初の激しい曲は、思いのほか声量があり、すばらしいものでした。また、そのあとの語りが、せつせつと胸を打つものでした。新人賞を落ちたときの無念さ、それからの思い上がった人生、数年前に重い病気を患って一度は人生をあきらめたこと、それがまた舞台へ上がれることになり、そのありがたさを毎日かみ締めながら歌をうたっていること。話の内容は、ことさらめずらしいものではありませんが、一人の人間の、飾ることのない言葉は、同年代の白髪頭の勤め人たちを、しんとさせるものでした。

西城秀樹という名を聞けば、わたしたち地味な人生を送ってきた人から見れば、さぞきらびやかでまぶしい日々を送っているのかと思いがちですが、冷静に考えれば、同じ命の重さを抱えて、その日をがむしゃらに生きている一人の人でしかないわけです。

最後に、ではこれを元気に歌っておわりにしましょうということで、「ヤングマン」が始まりました。会場の社員全員が立ち上がって、頭の上に手を置き、YMCAをやりました。

「さあ立ちあがれよ」とか「今翔びだそうぜ」とか「もう悩む事はないんだから」という歌詞が、切ないほどにその言葉のまま耳に入ってきました。

「ゆううつなど 吹きとばして君も元気だせよ」か……。

わたしはその時すでに57歳、もうヤングマンではないけれど、それに歌の途中から人生をまるごと思い出してしまったけれど、わたしもおもむろに立ち上がって、頭の上に手を置き、ぎこちなくYMCAを幾度もやりました。

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