ODAとぼく①
お久しぶりです。またまた前回の投稿から1ヶ月以上空いてしまいました。働いていると時間の流れは速いですね。下書き状態で置いている記事も数件あるので年内に仕上げようと思います。
今回は真面目な話を書こうと思います。詳しく書くのは避けますが、今日JICAのセミナーに行ってきました。内容としては、
「より良い国際協力とは?」
という感じの内容でした。一発目の事例に自分がかつて短期間ボランティアをしたことがある、タイ北部地域の村の話が出てきて笑ってしまいました。
色々書きたいことはあるのですが、本題に入ります。
それは、
ODA(政府開発援助)
についてです。ODA(政府開発援助)とはこんな感じです。
僕みたいな人間はこれを読んでも「?」という感じなんですが、
なぜこれが自分と関係があるかというと、JICAはこのODA(政府開発援助)の大きな部分を担っています。
今日まで全然知らなかったのですが、ODAの指針を示す、
開発協力大綱に2023年(今年)大きな変化があり、セミナーでその解説を聞いていると自分の今の考えを書き残しておきたくなりました。
※僕にしては難しい内容を扱います。以下から書くことは、あくまでも個人の考えとして読んでください。
みなさんは「国際協力」「海外ボランティア」…と聞くと、
「世界の平和のために!」「途上国の人々のために!」
みたいなイメージをもちませんか?
もちろん日本政府もこれらのことを目指しているみたいですが、ほかにも
思惑はあるようです。例えば、開発協力大綱の前身となる政府開発援助(ODA)大綱には、
との記述があり、
ODAを通して最終的に国際社会の「平和」につながり、結果日本の「国益」につながる
というような内容が述べられています。
筋が通っていて納得の内容です。ここに問題はないように思います。が、ここからです。
今回一番僕が書きたかったのは、この「国益」に関してです。
開発協力大綱(2023)に今まで明記されていなかったことが追加されました。今までも本音を言うとそうだったとは思うのですが、これが明記されることで、話は変わってくるぞ?ということです。内容は以下です。
という内容です。
とうとう「平和と安全」以外の部分でも「国益の実現」が開発協力の目的の一つであるという今まで隠されていた本音を書いたなという感じです。
人それぞれ感じ方や考え方は違うので、この文が明記されたことで、
「国際協力とはそもそも人道支援を行うことが主たる目的ではないのか!」
「本来のODAの意義からそれているぞ!」
という批判も多くあるそうです。僕としても
「思っていてもいいけど、書くのはちょっと…。」と思いました。
国の見解としては
「切迫した財政状況の中ODAを行うのだから、『国益』に繋がることも考えていかねばならない」
というような感じみたいです。勘違いしてはいけないのが、
「何が何でも『国益』!」
みたいな考えをもっているわけではないようです。
しかし、このことから読み取れるのは
「大して困っていなさそうな国だけど、関係作りのために何かしらの理由をつけて送金したり、日本人派遣したりしておこう。」
ということが起こっているのではないかということです。
はい、ここで勘の良い方はお気づきですね。人を派遣といえば…
そう!JICA海外協力隊です。
というか表だって話題には上がらないですが、昔からある実際にある話みたいです。というのも、協力隊に派遣された人の中にも行ったはいいけど、
「君はここでは何もしなくていいよ。私たちは困っていない。」
みたいなことを言われるパターンも現実としてあるそうです。
また、ODAが行われた国の援助金内訳のグラフを検索していただければもっとわかりやすくODAの裏側が見えてくると思います。
あまり政治的なことは詳しくないのですが、いざ自分が派遣されるとなると書けるものですね…
少し長くなりましたが、以上のことから僕も色々思うことがありました。
が、ここから書くとまた長くなりそうなので、投稿を分けたいと思います。
ここまで読んでくれる人は超レアだと思うのですが、次の記事に僕が思うことを書こうと思います。
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