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事故物件、浄化いたします。(3)

#創作大賞2023 #お仕事小説部門

☆5☆

「あっ、どうも、こんにちは…。体調は、もう大丈夫?」
裕司は、危うく見つめすぎそうになる自分を抑え、挨拶を返した。
「はい、何とか。先日は、急に体調が悪くなってしまったのですが、助けていただいて、本当にありがとうございました。」
深々とお辞儀をする真理亜。どうやら、礼儀正しい子のようだ。

ふと、裕司は娘のことを思い出した。娘にはこの3ヶ月間、会えていない。来月には18歳になる。目の前にいる真理亜と一歳しか違わないはずだ。娘と比べると、真理亜はずいぶん大人びて見える。

「いえ、元気になったのならよかったです。もう新しいおうちには慣れましたか?」
そう言って裕司は、はっとした。そうだ、この子たちが住む部屋はいわゆる事故物件…親はともかく、子どもたちにも知らせているのだろうか?もし知らせていないなら、おかしな態度はとれないぞ…。

内心冷や汗をかきながらも、営業時代に鍛えたスマイルを崩さずにいた裕司。
その様子を、澄んだ瞳で見てくる真理亜。
「はい…まだ、慣れたとは言えないのですが、少しずつ、良くなっています…。管理人さんは、あのお部屋に詳しいようですが、もしよろしければ、少しお話をきかせていただけますか?」

裕司は、今度は営業スマイルを崩した。
「えっ?自分、何か変なことしました?!うそ、しまったな…!」
そう言うと、今度は真理亜が勢いよく胸の前で手を振って
「いえ!管理人さんは大丈夫です!そうじゃなくて…その、私が勝手に、感じただけなので…。こちらこそ、変なこと言ってごめんなさい!」
真理亜は勢いよく直角にお辞儀をして、パタパタパタ…と足早にエレベーターホールへと走り去っていった。

エントランスに、ひゅうっと秋の風が吹いた。
「一体、今のは何だったんだ…?」
大人びた雰囲気に惑わされそうだったが、どうやら、中身は娘と同年代の、子どもではなく大人でもない、多感なお年頃かもしれない。
実の娘にダメ出しされていた自分の性格を思い出して、ふっと息を吐いた。
いつの間にか握りしめていたモップの柄から左手を放し、後頭部をぽりぽりと掻く裕司であった。

☆6☆

裕司は、ベルセレナマンションだけの管理員ではない。近隣の3棟のマンションと1棟のビルも兼務している。もともと、裕司が配属される前に勤務していたベテラン管理員がしていた業務で、午前中はベルセレナ、午後はそれぞれの現場に出向くことになっていた。
そのベテラン管理員は、ちょうど7月に奥さんの介護が必要になったため、8月から介護休暇をとることになった。なんだか色々タイミングが合いすぎやしないか…?と裕司は思わなくもなかったが、これもめぐりあわせだと思ってあきらめていた。

11月の初旬、昼を近所の定食屋で食べた後、ベルセレナマンションから徒歩5分のところにあるユニコーンマンションへ出向いた。
管理員室にしまってある掃除用具を準備していると、エントランスのオートロック扉が開いて人が入ってきたようだった。
(入居者の方には、元気よく挨拶、だ。)
と、裕司は部管理室から出て
「こんにちは!」
と笑顔で挨拶した。
挨拶されたのは女性二人で、
「こんにちは…あっ。」
との返事。最後の「あ」のイントネーションがおかしい。
よく見ると、女性二人はベルセレナマンションの小沢親子だった。

☆7☆

(なんでこちらに?いや、別にいいけど…。)
裕司は内心、疑問が湧きつつも、
「いやぁ、奇遇ですね~。自分、こちらでも勤務させてもらってるんですよ。マンションは違えど、管理会社が同じっていう繋がりって、あるんですよね~。」
と、訊かれてもいないことをぺらぺらとしゃべる。
(べつにやましいことではないんだけど…こちらから事情を訊くなんてできないしな!まあいっか!)
数秒で心理面を立て直した。

真理亜は、母親と裕司を交互に見ている。まるで小型犬が飼い主を見るような視線だ。何か言いたそうにしている風で、でも母の様子を伺うような。
母の百合亜は、裕司をしっかりと見て…いや、裕司の後ろの方を見ているような視線だ。
「管理員さん、いつもお仕事ご苦労様です。今日、私たちはちょっと用があってこちらにお邪魔しておりますが、お相手を待たせておりますので、詳しくはまた追ってご説明いたしましょう。では、どうかお体気を付けて。」
百合亜は、表情を崩さず軽くお辞儀をして、エントランスの奥へと進んで行った。
後を追うように真理亜も小走りについて行き、通路の突き当りで思い出したように後ろを振り返り、裕司に向かってちょこんと頭を下げた。

「いやあ、そうなんですね…。」
一人残された裕司のもとを、先日よりまた少し冷えた秋風が吹き抜けた、ような気がした。

(続く)

https://note.com/brainy_clover264/n/n761b0da8fcf7


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