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ある夏の思い出 2009/2023

(前略)
その日は緊張のせいか朝の五時前に目が覚めた。
僕は今、広島にいる。
ホテルにいても所在ないから散歩にでも出かけようか。
早朝のため日差しは弱そうだし排気ガスも少なく空気も澄んでいる。
爽健美茶を一口含み、部屋を出た。

はて、これからどうしよう。地図を持っていないので看板や案内表示を参考にしながらブラブラするしかない。
朝の新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んでちょっと背伸び。
ふと目前の案内標識を見上げると「平和記念公園」と書いてある。

そうだ、せっかく広島に来たのだから原爆ドームを見に行こう。
三好和義の「日本の世界遺産」という写真集で目にしたことはあったけれど、現物を見たことはなかった。実際にはどれくらいの大きさなのだろう、ドームの内側はどんな風になっているのかな。観光気分で浮足立っていたのも束の間、灰色の巨大な塊が視界に飛び込んできた。

一瞬、やすりでガラスを擦り付けたような錯覚に襲われた。

・・・・・・これが、原爆ドームか。

辺りの空気は凛としていて静謐さを醸し出す。
朝日が差し込み始めて街が明るさを取り戻してきたのに何だか薄暗い。
ドームがつくる影の物理的な陰影だけじゃなくて置き去りにされたものが空間を捻じ曲げているみたい。

周辺を一周するとカメラをもった外国人4人と通訳らしき日本人女性が何かを話している。少し離れて様子をうかがってみると、どうやらドキュメンタリー番組?の制作をしているらしく、マイクやら集音機の調整中のようだ。取材団を横目に元来た道へ足を向ける。数羽の鳩がドームの間を行きかう。活動しているものたちが周辺にいるのにそこは依然として静止画のような状態だ。風化するまでずっとあのままなのかな。諦念に似た感情が脳裏を掠める。

ドームが遠ざかるにつれて、くすんだ灰色の影は徐々に収束していく。
気が付けば、平和大橋の袂に向かっていた。
熱を帯びた日差しが川面に反射して無数の光の粒子を浮かばせる。
心のわだかまりが蒸発していくように感じた。

今日も皆様にとってよい一日でありますように。


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