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[法案調査]二酸化炭素の貯留事業に関する法律案


法案調査かがみ

背景

現在世界的に起こっている気候変動の大きな原因の一つが大気中のCO2濃度の上昇にあると言われており、2020年に政府は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするというカーボンニュートラルを目指すことを宣言し、現在、全世界的にも地球を守るためのこの難題に取り組んでいる。そしてそのカーボンニュートラルの切り札としてCCSという新たな技術が注目されている。

CCSとは日本語で「二酸化炭素・貯留技術と呼ばれ発電所や化学工場などから排出されたCO2を他の気体から分解し回収し、地中深くに貯留・圧入する一連の技術」のことである。具体的にCCSではCO2を地下800メートルより深くにある隙間の多い砂岩などからできている貯留層に貯留し、貯留層はCO2の漏洩を防ぐ泥岩などからできている遮蔽層で覆われいる必要がある。日本ではCO2を貯留できそうな場所が海域に多いため、海底下への貯留が適していると考えられているのでCO2を船舶で輸送し海底下に貯留する技術が必要とされている。

CCSの導入によってどれほどのCO2の大気中への放出を大幅に削減することが可能になるかに関して、環境省は例として約2万世帯分の電力を供給できる、出力80万kWの石炭火力発電所にCCSを導入すると年間約340万トンのCO2が大気に放出されるのを防ぐことができるとしている。またCCSは火力発電のほかにも製鉄、セメント生産、ごみ焼却などのCO2を大量に出すあらゆる分野に導入可能であるためCCSの導入によって様々な分野でCO2の大幅な削減が見込まれている。

本法律案では、試掘・貯留事業の許可制度の創設、貯留事業に関わる事業規制・保安規制の整備、またCO2の銅管輸送事業に関わる事業規制・保安規制の整備を行うための環境を作ることが、本法案の意図である。


法律案の概要

第213回国会(令和6年常会)において提出される「二酸化炭素の貯留事業に関する法律案」は、以下の3つの課題をターゲットにしている。

1.試掘・貯留事業の許可制度の創設

経済産業大臣は貯留層が存在する可能性がある区域を特定区域として指定した上で特定区域において試掘やCO2の貯留事業を行うものを募集し、これらを最も適切に行うことができると認められる者に対して許可を与える。
・上記の許可を受けたものに試掘権(貯留層に該当するかどうかを確認するために地層を掘削する権利)や貯留権(貯留層にCO2を貯留する権利)を設定する。CO2の安定的な貯留を確保するための試掘権・貯留権は「みなし権利」とする。
鉱業法に基づく採掘権者は上記の特定区域以外の区域でも経済産業大臣の許可を受けて試掘や貯留事業を行うことを可能とする

2. 貯留事業に関わる事業規制・保安規制の整備

試掘や貯留事業の具体的な実施計画経済産業大臣の認可制とする。
・貯蔵したCO2の漏洩の有無等を確認するため、貯留層の温度・圧力等のモニタリング義務を課す。
CO2の注入停止後に行うモニタリング業務等に必要な資金を確保するため、引当金の積立て等を義務付ける。
・貯留したCO2の挙動が安定しているなどの要件を満たす場合にはモニタリング等の貯留事業場の管理業務をJOGMEC (独法エネルギー・金属鉱物資源機構)に移管することを可能とする。また移管後のJOGMECの業務に必要な資金を確保するために貯留事業者に対して拠出金の納付を義務付ける。
・正当な理由なくCO2排出者からの貯留依頼を拒むこと特定のCO2排出者を差別的に取り扱うこと等を禁止するとともに料金等の届出義務を課す。
技術基準適合義務工事計画届出保安規定の策定等の保安規制を課す。
・試掘や貯留事業に起因する賠償責任は、被害者救済の観点から事業者の故意・過失によらない賠償責任(無過失責任)とする。

3.CO2の導管輸送事業に関わる事業規制・保安規制の整備

・CO2を貯留層に貯留することを目的としてCO2を導管で輸送するものは、経済産業大臣に届け出なければならないものとする。
・正当な理由なくCO2排出者からの輸送依頼を拒むこと特定のCO2排出者を差別的に取り扱うこと等を禁止するとともに料金等の届出義務を課す。
技術基準適合義務、工事計画届出、保安規定の策定等の保安規制を課す。


事前評価

1.コストから見たCCS事業の評価

今法案は2050年カーボンニュートラルに向けて、今後、脱炭素化が難しい分野におけるGXを実現するためにこうした分野における化石燃料・原料の利用後の脱炭素化を進める手段としてCO2を回収して地下に貯留するCCSを導入するためのものであるが、私としてはそもそもカーボンニュートラルを目指すこと自体に疑問点があるがこの点は置いておくとしよう。2023年7月に閣議決定したGX推進戦略にも今回のCCS事業に関して2030年までに民間事業者がCCS事業を開始するための事業環境を整備することとされているが、当然CCS事業を推進していくためには莫大な額のお金が必要であり、その原資は税金である。特にCCS事業はコストが高いことで知られておりCCSを導入するためにはCO2の回収や輸送、地下への注入という一連の工程が必要であり、どの工程においても専門的な技術と設備が求められるため、初期投資や運用コストが高いことが知られている。具体的にはCO21トンを回収するのに約4000円前後のコストがかかると言われており、現時点ではコストが見合っていないという意見も多々見られている。IEA(国際エネルギー機関)によると2050年に世界全体でカーボンニュートラルを実現するには年間約38~76億トンのCO2をCCSで圧入貯留しなえればならないとされており、IEAが試算した2050年のCO2貯留量に対して日本が占めるCO2排出量の割合(3.3%)を書けると、年間1.2~2.4億トンのCCSが必要ということになる。つまり2050年までにCCS事業の経費としてCO2を貯留する経費だけを考えても毎年4800~9600億円の出費が必要ということになる。ここに貯留層の設置や導管輸送事業の設置やこれらの維持のための費用がかかる。この場合年間の費用が1兆円以上かかる可能性すらある。これは日本の国家予算の約1%にもなる。もちろん全額を国が負担するわけではないと考えられるがそれでも今後莫大な金額が税金から支払われることには変わりがないのである。果たしてこの費用をどのようにして賄うつもりなのであろうか。そしてCCSは再エネの中でも比較的高コストであるのでCCSを導入することの経済的合理性はなく、妥当性もあまり見出せないものが国民の理解を得られるかどうかは甚だ疑問である。

2.地球温暖化に対する有効性から見たCCS事業の評価

まずCCS事業は未だ実用段階に至っておらず地球温暖化対策として遅すぎるという問題がある。そもそもCCSの研究は旧通産省時代の1980年代から勧められ2020年ごろの実用化を目指してきたが現在稼働中のCCS付き発電所は2019年時点で世界を見ても2箇所しかなく、国内でも小規模の実証段階を出ず、当初の見通しは大きく崩れ、現在は2030年に目処をつけているがこれまでの状況を踏まえれば2030年の実用化の可能性も極めて低いと考えられる。一方、パリ協定の目標の1.5°Cに気温上昇を抑えるためにはすぐに実効性のある対策を展開することが必要であり、とりわけ2030年までに大幅な削減に取り組むことが決定的に重要としている。このような状況下で2030年以降に実用化するかどうかもわからない技術に大きな重点を置くことは地球温暖化対策として現実性を欠くものであるとともに、それを口実に他のとるべき対策を先延ばしすることにもなりかねないのである。さらにCCSを導入したとしてもCO2排出量がゼロになるわけではなく、発電所などから排出した排ガスからのCO2の分離回収・CO2圧縮・輸送のいずれのプロセスでも時間がかかるのである。さらにCCSは自動車などの移動発生源への付設が困難で小規模排出源についてはコスト面でもハードルが高く、仮に大幅に普及が実現したとしても脱炭素化の実現は難しいと考えれる。

ディスカッション

1.試掘・貯留事業の許可制度について

法律案の概要でも述べたとおり「試掘やCO2の貯留事業を行うものを募集して、これらを最も適切に行うことができると認められるものに対して許可を与える」とあるが事前評価でも述べたとおりCCSはコストが他の再エネに比べても非常に高くつき技術的にも実現が困難と言われている現状にも関わらずこのCCS事業に参画しようとする企業は果たしてあるのであろうか。またある場合にはどのようなパターンが考えられるかを考えなければならない。パターンとしては2つあり一つ目は普通に企業がこれが採算の取れる事業であるとたとえその判断が間違っていても各自で判断してCCS事業に参画するパターンである。これは特に問題はないので今回は2つ目のパターンについて考える。考えられる2つ目のパターンは本来は経済的合理性はないものの、政府が企業に多額の補助金を与えることで無理やり採算を合わせるパターンである。これは日本では太陽光発電などでよく見られるものであり今回も主にこれを政府はしようとしていると考えられる。この場合問題なのは当然この補助金の原資は税金であり政府はこの費用をGX賦課金のようにまた増税によって賄おうとしているのではないかと考えられる。よって私は政府担当者に仮にCCS事業者に多額の補助金を与える予定の場合にその財源をどこから持ってくるつもりなのか、また補助金の財源確保のために増税しようと考えているのかを問いたい。

2.賠償責任について

法律案の概要で述べたとおり「試掘や貯留事業に起因する賠償責任は被害者救済の観点から事業者の故意・過失によやない賠償責任とする」とあるが、本来賠償責任に関しては個別に裁判で判断されるべきであるのにそれを被害者救済の観点からという理由で一方的に事業者に不利にすることはどうかと思われる。またこの条項を元に当たり屋の様な人間や団体が出てきた時に企業は非常に大きな損害を被る可能性があると考えられる。そこで私は政府担当者に当たり屋の様な人や団体が出てくる可能性があることをしっかりと想定しているのか、想定していた場合どの様に対処するつもりなのかや想定していなかった場合これからどういうふうに対処していくのかまた、対処する気があるのかを問いたい。

参考文献


「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律案」及び「二酸化炭素の貯留事業に関する法律案」が閣議決定されましたー経済産業省

CO2回収・利用・貯留(CCUS)への期待は危ういー気候ネットワーク




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