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「ナースの卯月に視えるもの」を読んで

病棟看護師としての経験がある人にしか書けない小説だ、そう思った。

note創作大賞2023で、別冊文藝春秋賞を受賞した秋谷りんこさんの「ナースの卯月に視えるもの」を読み終えた。


病棟や患者の様子、病気の背景、医学的な知識などは、執筆前に多くの参考文献に当たり、実在の看護師からたくさんの現場エピソードを集めれば、物語を書くための材料は集まるかもしれない。

でも、この小説の主人公、病棟看護師「卯月」の心の揺れや動きは、実際に体験した人にしか分からない種類のものだ。実体験はやっぱり強い。物語のなかにグイグイ引き込まれていった。

「卯月」の看護に対する考えかた、患者や家族の心の動きをキャッチしようとする姿勢、先輩や後輩の看護師への思い、”病棟で亡くなる患者が40%と言われている”長期療養型病棟に流れている空気感。どれも、とてもリアルに感じられる。

それもそのはず。著者の秋谷りんこさんは看護師として13年間、病棟に勤務していたそうだ。

ときには仕事のことで悩んだり、迷ったり。看護師でなくても、職種は違っても、そんな経験をもつ人は多いはず。失敗しても、落ち込んでも、周りに助けられながら前に進んでいく主人公の姿に共感を覚える。だれにでも思い当たるフシがあるという意味でも、この小説はリアリティに満ちている。

わたし自身、病気での入院経験がある。親や子どもが入院していたこともあったので、病棟の様子もほんの少しだけど知っている。

でも、患者や患者の家族として病院にお世話になっていたので、どうしても「早く退院したい」「日常生活に戻りたい」の思いが先に立っていた。看護師さんが病棟でどんな仕事をし、どんな1日を送り、どんな思いで患者に接しているのか、これまで想像したことはなかった。

「ナースの卯月に視えるもの」では、病棟看護師の仕事が分かりやすく描かれる。こんなことに気をつけて看護しているのか、ナースステーションではこんな引継ぎをするのね、それぞれの処置にはこんな意味があるんだ、看護体制はこうなっているのか、などとても興味深い。

「病棟看護師」という、いままでよく知らなかった世界を見せてもらった。

小説の舞台は長期療養型病棟だが、悲しみをひどく誘うような話ではない。6つのエピソードが綴られていて、涙のなかにもあったかい「陽だまり」を感じる、どれもそんなお話。

常に「死」が隣り合わせの現場にいる看護師だからこそ持っている死生観も小説に表れていて、心にグッと突き刺さった。「死」を恐れるのではなく、どうやって「死」を受容するのか。それは、残された時間をどう生きるかに繋がる。

生きとし生けるものはすべていつか死を迎える。1つの例外もない。致死率は100%だ。生きているあいだ、自分はだれに何を伝えたいのか、だれとどう過ごしていきたいのか。そんなことも考えさせてくれる小説だった。

また、ストーリー展開だけでなく、登場人物もとても魅力的。

人の命をあずかるという大切な使命を心に刻み、勤務中は緊張感を保ちながらバリバリ働いている看護師さんだって、制服を脱げば普通の女性。そんな、看護師さんのオンとオフのシーンも鮮やかに描かれていて、微笑ましい。

読み進めるうちに、登場人物たちがイキイキと動き出した。彼女たちの表情すらも想像できてしまう。実際に動いているのを見てみたいなぁ。この作品の映像化を希望します!

各エピソードを読み終えたあとは元気をもらい、青空を見上げて笑顔で「ウーン」と大きく伸びをしたくなる。

そんな、ビタミンみたいな小説でした。



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