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5. 永久指名編

太郎は錦三丁目のクラブで飲んでいた。横には紗香がいる。太郎の担当だ。クラブは基本的には永久指名になっている。一度指名すると一生指名を変える事はできない。

紗香と最初に逢ったのは、8年前。入社7、8年目、そこそこ大きな仕事も任されるようになってきた頃だ。紗香は当時は20歳そこそこだった。
太郎は紗香と話してると非常に居心地がよい。今日も色々な話をした。たわいのない会話だ。世の中の出来事、身近な出来事、食べ物や野球の話だったり。
昼の仕事も忙しかった時期だけに、紗香と会話する時間が、オンオフの切り替えに重要な時間だった。今日も気分よく帰った。
そんな日々を続けていた頃、太郎は東京転勤となった。太郎は紗香の所に行った。
「東京に転勤になったよ」
「えっ!さびしい。必ず連絡するから名古屋に来た時は寄ってね」
「せやなあ」
と、まあ、社交辞令的な会話が流れた(と思っていた)。

あれから10数年たった今、紗香は錦三に自分に店を持った。
それなりに客もいるだろう。それでも紗香は時候の挨拶LINEを必ず太郎に送ってきた。東京に転勤になってから名古屋に行く機会もなく全然会っていないにもかかわらず。10数年だ。

そんなある日、名古屋出張が入った。太郎は、以前のLINEから新しい紗香の店を探して顔を出した。紗香はすぐ気づいて飛んできてくれた。かなり驚いた顔をしている。お互いそれなりに歳を重ねている事もあり、最初こそ、若干照れくさい感じもあったが、すぐに15年前となんら変わらない空気感に包まれた。
「次は10年後くらいかな。また機会あれば寄るわ」と言って帰った。15年会ってなくてこんなにすぐ戻れる関係の奴あまりおらんなと思った。

太郎はあまりキャバクラには行った事がなかったが、東京に来てからは、たまに後輩達に誘われてキャバクラに行くようになった。キャバクラは20-30分毎に女の子が変わる。
この日も後輩達とキャバクラに行った。
太郎は、同じ話をするのが嫌なので、舞という最初についた子を場内指名した。舞は、今時のかわいい顔でノリもよく、普通に楽しんで帰った。後でわかった事だが、店のNo.1だったようだ。
別の日、夕方の会議がキャンセルになった事もあり、舞を食事に誘った。焼肉を食べながら色々話をしてから同伴した。最近のキャバクラはどうも永久指名らしい。その後は、必ず舞を指名しないといけなくなった。
最初の数回は、楽しく過ごせたが、しばらくすると楽しくなくなってきた。同じような話の繰り返しだ。
次第に太郎の足もその店から遠のいた。
舞も他にも多くの客がいるのだろう。営業LINEもなくなった。

太郎は思った。
「紗香は飽きなかったなあ…これは、店云々というより、本人のプロ意識の差なんやろうな」

永久指名である以上、自分も常にupdateしないと長い期間客を引っ張る事はできない。
見た目や雰囲気の第一印象は確かに大事だ。特に次あるかないかの飲み屋なら尚更だろう。しかし、やはりその後の客の継続には多彩な引き出しが必要になるのだろう。その為には常にupdateしようとする気持ちが重要なのだろう。

太郎も54だ。コロナもあり、仕事の環境はずいぶん変わった。この変化に合わせてupdateしないと客にすぐ飽きられてしまうということだ。
太郎は、この歳になるとあまり新しい体験はないと思い込んでいたが、updateする事に期限はない事を改めて感じた。そして、プロとしての振る舞いの重要性を学んだ。


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