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今週の全米アルバムチャート事情 #123- 2022/3/19付

今週からめっきり暖かくなって、まるで初夏のような陽気になってきて、今週末には桜も開花しようかという中、ウクライナの情勢は厳しさを増すばかりで、毎日のように入ってくる悲惨なニュースを聴くにつけ、この戦争を止めるのは西側による武器供与だけなのか、と暗然たる気分になってしまいます。何とか外交努力をうまく組み合わせた停戦への協議が進められることをただただ祈るだけです

この記事と並行してここnote.comに投稿している「DJ Boonzzyの第64回グラミー賞予想ブログ」、先週末はアメリカン・ルーツ部門の前半の予想をポストしてますので、上記のリンクからご覧下さい。また、マンボウが明けているはずの3/31(木)に予定している毎年恒例の音楽評論家、吉岡正晴さんとのプレ・グラミー・イベント「ソウル・サーチン・ラウンジ〜グラミー賞大展望・予想」の案内も下記の吉岡さんの投稿で詳細ご確認の上、是非お立ち寄り下さい。

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さて今週の全米アルバムチャートBillboard 200の3月19日付チャート、先週の予想では、ダベイビーヤングボーイ・ネヴァー・ブローク・アゲイン(YBNBA)のコラボ盤がいよいよミラベルを蹴落として1位になるのでは?と言ってたんですが、蓋を開けてみると何と今週も徳俵に踏ん張るがごとく、72,500ポイント(うち実売8,000枚)とわずか9%のダウンで、『Encanto(ミラベルと魔法だらけの家)』のサントラ盤がとうとう9週目の1位を記録しました

既に2000年以降のサントラ盤としては2013-14年に13週1位を記録した、こちらもディズニーの『Frozen(アナと雪の女王)』に次ぐ大ヒットアルバムとなっているミラベル、全米でのシングルの1位は「秘密のブルーノ」が先週グラス・アニマルズの「Heat Waves」に取って代わられ、全英の方でも7週1位の後今週は9位に落ちるなど、全体的にそろそろ勢いの陰りが観られるのは事実ですが、いかんせん他のニューリリースのアルバムのパワーが弱すぎるようです。来週のチャートの対象期間である今週もヒップホップ系の強そうなリリースが1枚出ているので、これまでよりは首位交代の可能性は高いですが、何となく来週もあまりポイントを減らさずに10週目を迎える可能性もありそうで。しかしこれほどの大ヒット、作った側も予想してなかったんでしょうね。

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一方、今週のトップ10内初登場一番人気は、予想していたダベイビーYBNBAのコラボ作ではなく、一昨年11月にアトランタのクラブでの銃撃で26歳で他界したラッパー、キング・ヴォン初の遺作『What It Means To Be King』で、1位のミラベルとは結構差のある59,000ポイント(実売4,000枚)で2位の初登場でした。彼が所属していたオンリー・ザ・ファミリー・レーベルの創設者でここ数年シーンで存在感を増しているリル・ダーク同様、シカゴのドリル(ハードな感じのトラップ、という感じのトラップの一形態)シーンを引っ張っていく存在として期待されていたキング・ヴォンでしたが、ちょうどデビュー・アルバムの『Welcome To O’Block』(2020年)がリリースされた次の週にこの世を去ってしまってます(彼の死後アルバムは上昇して最高位5位を記録)。

アトランタのトラップ・ラッパー達と違って、マンブル・ラップ(はっきりしないリリックを呟くようにラップすること)スタイルではなく、キレッキレのクリスプなフロウが売りだったキング・ヴォン。そのスタイルはこの遺作でも存分に聴くことができますね。現在このアルバムからのシングルでアトランタの21サヴェージをフィーチャーした「Don’t Play That」(最高位40位)がヒット中ですが、他にも当然リル・ダークGハーボらシカゴの仲間達をはじめ、メンフィスのマニーバッグ・ヨ、NYのア・ブギー・ウィット・ダ・フディーなど、今若いトラップヘッズ達に人気の高い連中が軒並み客演していて、確かにこちらの方が上に来るだろうことは予想してしかるべきでした。それでも1位は取れなかったわけですけど。

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そして先週言ってたダベイビーYBNBAのコラボ・ミックステープ『Better Than You』は何とわずか28,500ポイント(実売1,000枚以下)という予想を遙かに下回る貧弱なポイント数でギリギリ10位に初登場。これはちょっと驚きました。ちょっと調べてみると、どうもこのシーンをまたがるコラボ作(ダベイビーはノース・キャロライナ出身、YBNBAはニューオーリンズ出身)がキング・ヴォンの遺作と同じ週にドロップされたことに対して、シーンからは結構ネガティブな反応があったようですね。「シカゴとアトランタが協力してキング・ヴォンの遺作を出す同じ週に、ノース・キャロライナとニューオーリンズのラッパーが何タイマン張ってんだよ」的な感じなんでしょうか。

また、この作品に対する評価も賛否両論みたいですが、何曲か聴いた感じでは、いつものYBNBAよりはダベイビーのスタイルに近い、ハードコアというよりはメロディアスな楽曲が多いようで、自分としては聴きやすい感じを持ったんですがね。でもそれぞれのソロ作で感じられるキャラの立ち具合があまり感じられなくて、何だか1+1=0.5になってる感じなんでそういうのもあってこういうチャート結果になったんでしょうかね。こういうのを見ると、今やラッパー達も単にトラップ一辺倒ではなくて、より多様化を迫られているような気がします。そういう意味では次のポスティ、トラヴィス・スコット、リル・ウジ・ヴァートあたりがどんな新作を出してくるかに興味が集まります。ポスティは今年サマソニ出演が決まってるので、夏前には新譜が出るでしょうからね。

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さて今週の11位以下圏外100位までの初登場に目を向けると、まず14位という気持ちの悪いくらい高い順位に初登場してきている、トム・マクドナルドとアダム・カルフーンの『The Brave』というアルバムが目に飛び込んで来ます。なぜこのアルバムの高順位初登場が気持ち悪いかというと、この二人がとんでもない極右のポジションを取っている、白人カントリー系ラッパーで、二人ともトランプ支持者であり、白人至上主義者であり、BLMやLGBTQや女性に対する差別をサポートする立場を取ってる連中だから。まさしく今のアメリカを分断している闇を体現している二人がこんな支持を得ていることに暗澹たる気分にならざるを得ません。このMVなんて見てると気分が悪くなること請け合いですわ。

マクドナルドは「Fake Woke」(Wokeというのは差別に対する問題意識のことを指す言葉で、それがフェイクだと言っている)なんていうシングルを去年1月にリリースしてHot 100にチャートインさせてるし、カルフーンなどは2024年の大統領選に出馬するなどという戯言をほざいているらしく、もうこのアルバムが来週にはチャートから消えていることを祈る気分です。しかもこのアルバムが今週実売16,000枚でセールス1位だっていうんだから、アメリカの人たち、頼むわホントに

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そんなとても受け入れられないような政治姿勢の二人組のことは忘れて、もっと気持ちのいい話にしましょう。続いて34位に初登場してきたのは、カントリー・レジェンド、ドリー・パートンの何と48作目になるスタジオ・アルバム『Run, Rose, Run』。こちらは実売15,500枚とさっきのクソな二人の実売枚数をもう少しで上回る売上で、今週セールス2位のヒット・アルバムになってます。

ドリー姐さんは、2000年代以降は、『Halos & Horns』(2002)とか『Pure & Simple』(2014)のようにブルーグラスにかなり軸足を置いた作品をリリースしたり、最近はCCMアーティストのザック・ウィリアムスキング&カントリーとのコラボ作品で、昨年一昨年と2年連続CCMグラミーを受賞したりと、齢70代に入っても精力的に音楽の幅を広げた作品作りをしてます。また、つい今週入ってきたニュースでは、今年のロックの殿堂の候補に、ベックレイジ、ジュダス・プリーストらと並んで選ばれていたドリー姐さん、「私はこの候補になる権利を得るほどのことはできてないし、他のよりふさわしい候補の票を割りたくないので」といってスッパリと辞退したんです。何と気持ちいいじゃないですか。これで同じ候補にノミネートされてるライオネル・リッチーがどう反応するか興味津津なんですが(笑)。そういう気持ちのいい話題を提供してくれたドリー姐さん、今回のアルバムでもブルーグラスあり、AORカントリー・ポップあり、オーセンティックなカントリー・ナンバーあり、とバラエティ満点の好盤になってます。

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そしてずーっと下がって80位に初登場してきたのは、今回のグラミー賞のゴスペル・CCM部門で3部門に亘ってノミネートされている(詳しくは自分のグラミー賞予想ブログを見よ!)、ノース・キャロライナ州シャーロットの、エレヴェーション教会専属の人種混合のゴスペル・バンド、エレヴェーション・ワーシップが、昨年4月の『Old Church Basement』(30位)に続く10作目のライブ・アルバム『Lion』。彼らは2010年代以降、BB200にもコンスタントにアルバムをチャートインさせるなど、メインストリームCCMアーティストとしての存在感を高めていて、今年の複数グラミーノミネーションはそれの集大成的な結果といっていいんでしょう。

今回のグラミーノミネーション作品は、すべて彼らがメイヴェリック・シティ・ミュージック(アトランタを中心に活動する、複数のゴスペルCCMミュージシャン集団)とコラボした前作『Old Church Basement』からのものなのですが、今回の『Lion』も好評らしく、この動画とかを観ても彼らをサポートするファンの熱気がガンガンに伝わってきますよね。

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今週100位までの初登場、最後のアルバムは、87位に登場、スウェーデンのメタル・バンド、サバトンの『The War To End All Wars』。どうもウクライナがあんな状況になっている時に「戦争を止めるのは戦争」というメッセージの作品がこうしてチャートに入ってくるのって、やはりアメリカの闇を写している感じがしてあまりいい感じがしませんね。北欧のメタル・バンドということですが、昔のヨーロッパとかのように叙情的ハードロック、という感じでもなく、MVとか見ても音聞いても、何だか20年遅れてきたメイデンとかいう感じのちょっと時代錯誤的な感じがするのは自分だけでしょうか。

というのもこのバンド、過去から常にアルバムのコンセプトは常に「戦争」なんだそうで、サバトンというのも、中世の鎧で足の部分につけるもののことなんだそうです。こういう戦争を美化して正当化するようなメッセージのバンドは全く支持できませんし、そういうバンドを支持する状況については明確にノーを突きつけたいですね。ホントに。

ちょっと今週は思想的に受け入れられないような作品が複数登場しているBillboard 200ですが、何とか来週以降はポジティブな解説ができるようにしたいなあ、と思ってます。ということで今週のトップ10おさらい(順位、先週順位、週数、タイトル、アーティスト、<総ポイント数/アルバム実売枚数、*はHits Daily Double調べ>)。

1 (1) (15) Encanto ● - Soundtrack <72,500 pt/8,000枚>
*2 (-) (1) What It Means To Be King - King Von <59,000 pt/4,000枚>
*3 (3) (61) Dangerous: The Double Album ▲2 - Morgan Wallen <45,000 pt/1,909枚*>
4 (2) (2) Back For Everything - Kodak Black <37,000 pt/401枚*>
5 (4) (9) DS4Ever - Gunna <34,500 pt/161枚*>
6 (5) (56) The Highlights - The Weeknd <33,000 pt/1,273枚*>
7 (7) (42) Sour ▲2 - Olivia Rodrigo <31,000 pt/7,000枚>
8 (6) (27) Certified Lover Boy - Drake <31,000 pt/69枚*>
*9 (10) (37) Planet Her - Doja Cat <30,000 pt/592枚*>
*10 (-) (1) Better Than You - DaBaby & YoungBoy Never Broke Again <28,500 pt/1,000-枚>

今週の「DJ Boonzzyの全米アルバムチャート事情!」いかがでしたか。さていつものように来週の1位予想ですが、来週のチャートの集計対象期間は3/11-17。でもこの期間のリリースで多分最低でも6万ポイント必要になると思われる1位奪取可能性のありそうなものは、唯一今週のキング・ヴォンの兄貴分にあたる、リル・ダークの新譜くらいでしょうか。昨年のリル・ベイビーとのコラボ盤では15万ポイントで1位を獲得、その前のソロ作でも初週7万ポイントほど稼いでいるだけに、来週はいよいよ首位交代がありそうです。その他トップ10に来そうなのは、UKの宅録ポップ・シンガーソングライター、レックス・オレンジ・カウンティくらいでしょうか。ではまた来週。

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