『「うつ」は炎症で起きる』人間の心と体を結ぶ「炎症」という新たな視点


私たちの心と体は別物だと長らく考えられてきました。しかし、本書『「うつ」は炎症で起きる』の著者エドワード・ブルモアは、免疫学と精神医学の最新知見から、うつ病をはじめとする心の病は体の炎症反応と深く結びついていると説きます。デカルトに始まる心身二元論を乗り越え、炎症という切り口から人間の心と体の関係性を探究する著者の挑戦に、大きな興奮を覚えずにはいられません。

臨床医としての葛藤が生んだ問題提起

精神科医であり、神経免疫学者でもあるブルモアは、長年の臨床経験から、うつ病患者の多くに身体疾患が併存していることに気づきます。しかし当時の医学界では、身体と精神を別個のものとして扱う風潮が根強く、うつ病と炎症の関連性は全く顧みられていませんでした。

「そりゃ、君だってそうなるだろうよ」

リウマチ性関節炎を患うミセスPのうつ状態に対し、指導医はこう一蹴します。身体の苦痛ゆえに心が落ち込むのは当然だというのです。しかしブルモアは、むしろ炎症そのものが直接的にうつ病を引き起こしているのではないかと直感します。臨床の現場で抱いた違和感が、本書執筆の原動力となったのです。

免疫学の進歩が照らし出す炎症とうつの関係

従来の免疫学では、脳は血液脳関門によって守られ、免疫系の影響を受けないと考えられてきました。しかし近年の研究から、サイトカインをはじめとする炎症性物質が関門を通過し、脳の働きに変化をもたらすことが明らかになってきたのです。

ブルモアは動物実験や脳画像研究など、最新の知見を縦横無尽に解説しながら、体の炎症が脳の神経ネットワークに作用し、うつ病を引き起こすメカニズムを論じます。専門的な内容も平易な語り口で紹介されるので、免疫学の予備知識がなくても十分に理解できるでしょう。

うつ病治療に革新をもたらす抗炎症薬

本書の白眉は、炎症という新たな視点から見えてくる、うつ病治療の可能性を探る後半部です。抗サイトカイン薬をはじめとする抗炎症薬が、難治性のうつ病患者に劇的な効果をもたらした症例は興味深く、また希望に満ちています。

「医療革命はテレビ中継されない」

製薬会社の保守的な体質を嘆きつつも、ブルモアは新たな抗うつ薬の開発に向けて着実に歩を進めます。バイオマーカーを活用した個別化医療など、これからのうつ病治療の青写真が具体的に示されており、読後の満足感は高いです。

古い常識を覆し、患者に寄り添う

精神疾患への偏見は根強く、うつ病は「弱さ」の表れだと誤解されがちです。しかしうつ病を炎症という身体的な側面から捉え直すことで、こうしたスティグマを取り除く一助になるでしょう。何より、患者の苦しみに真摯に向き合い、新たな治療法を切り拓こうとする著者の姿勢に、深く共感せずにはいられません。

生命科学の広大な可能性

うつ病のみならず、アルツハイマー病や統合失調症など他の精神疾患についても、炎症との関わりが次々と解明されつつあります。本書を通して、脳科学と免疫学の融合がもたらす生命科学の広大な可能性を感じずにはいられません。

新たなパラダイムを切り開く挑戦は、常に多くの困難が伴うものです。それでもブルモアは、患者を救いたいという一心で、未知の領域に果敢に分け入ります。その探究心と使命感に心を打たれる一冊です。

私自身、鬱々とした日々を送ることも少なくありません。でも本書を読んで、自分の心の状態を冷静に受け止め、身体への意識を高めることの大切さを教えられました。何より、うつ病と向き合う全ての人々に希望の光を届けてくれる、勇気づけられる内容でした。

「免疫ゆえに我あり」

デカルトを捩ったブルモアのこの言葉には、生命の神秘を探究する彼の熱い思いが凝縮されています。本書を手に取った多くの読者が、心と体の繋がりについて新たな気づきを得られることを願ってやみません。


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