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「『社会主義化』するアメリカ」「社会主義」という言葉に隠された若者の叫び

「社会主義」という言葉に隠された若者の叫び

アメリカと聞けば、自由と個人主義の国というイメージを抱く人が多いでしょう。しかし、その根幹を揺るがしかねない変化の兆しが、静かに広がりつつあります。それが、「社会主義」への共感の高まりです。

本書『「社会主義化」するアメリカ』は、この予想外とも言える現象の背景を、ミレニアル世代とZ世代の若者に焦点を当てて探っていく野心作です。著者の瀬能繁氏は、長年のアメリカ取材の経験を活かし、政治家や活動家への緻密な取材を重ね、説得力のある議論を展開しています。

まず驚かされるのは、社会主義に好意的だと答えた若者の割合の高さです。調査によっては実に4〜5割にも上るのだとか。「社会主義」という言葉は、つい最近まで口にすることすら憚られた時代もあったはず。それが今や、若者の間で広く支持を集めるキーワードになっているのです。

「夢」を奪われた世代の苦悩

なぜ彼らは社会主義に惹かれるのでしょうか。著者は、リーマンショックや学生ローン問題など、若者を取り巻く経済的困難に注目します。

大学卒業後に就職難に直面したミレニアル世代は、不安定な仕事に就かざるを得なかった人も多かったとみられ、他の世代と比べて頻繁に転職する傾向が出ている。過去に転職を経験した人はミレニアル世代の21%で、他の世代と比べて3倍以上高い。ミレニアル世代の60%は常に転職を考えている。

かつてのアメリカン・ドリームは、努力次第で豊かな人生を掴める「機会の国」という物語でした。しかし現実は、格差の固定化が進み、夢物語とは程遠いものになりつつあります。自助努力では乗り越えられない壁の前で、多くの若者が虚しさを感じているのです。

理想の追求か、幻想への逃避か

そんな閉塞感から抜け出すために、彼らが選んだのが社会主義だったということなのでしょうか。国民皆保険の実現、大学の無償化、所得の再分配......。一見魅力的に映るこれらのアイデアには、しかし同時に留保も必要だと著者は指摘します。

理想の実現のためには、現実的な財源の裏付けが不可欠です。「無から有は生じない」のは資本主義でも社会主義でも同じこと。机上の空論に終わらせないためには、地に足のついた議論が求められます。

とはいえ、若者の主張を単なる現実逃避と片付けるのは早計というもの。彼らの言葉には、今のアメリカ社会が見失ってしまった「理想」への渇望が滲んでいるように感じられるからです。

草の根から広がる「新しい運動」の胎動

本書のハイライトの一つは、オカシオコルテス下院議員の抜擢劇です。バーテンダーから一躍政界の寵児となった彼女の活躍は、既成政党の壁に風穴を開ける出来事でした。

また、「ブラック・ライブズ・マター」や気候変動ストライキなど、SNSを駆使した新しい世代の市民運動も印象的です。ワシントンの議事堂前に座り込みを決行した若者の勇気ある行動には、目を見張るものがあります。

「子どものころ気候危機を初めて知ったとき、深夜に横になって世界を想像してみた。食料や水がない世界でお互いに何ができるのか、そのイメージが頭から離れなかった。(中略)政治家は問題を先送りして行動できずにいる」

危機感を抱いた当事者だからこそ発せられる、リアリティのある言葉です。

日本人へのメッセージ

最後に、日本人読者として考えさせられた点を挙げておきたいと思います。

気候変動問題への危機意識、格差社会への問題意識......。正直なところ、日本の若者の多くは、アメリカの同世代ほどには切実に受け止めていないのではないでしょうか。

「人ごとではない」というフレーズがありますが、社会の閉塞感が漂う中で、私たち一人一人が自分ごととして向き合うべき課題だと感じます。

多様な価値観と折り合いをつけながら

本書を読み終えて、資本主義か社会主義かといった二項対立ではなく、より根源的な問いを投げかけられたような気がします。

「効率」と、「平等」「公平」のバランス。成長と分配をどこで折り合いをつけ、持続可能な経済社会を築くことができるか。

理想の社会など一朝一夕に実現できるはずもありません。利害が対立し、価値観がぶつかり合う中で、私たちにできることは何でしょうか。

一つ言えるのは、ただ現状を嘆くのではなく、一歩ずつでも前に進んでいく勇気を持つことの大切さです。アメリカの若者から、そのための示唆を得られたように思います。

最後はオバマ元大統領の言葉で締めくくりましょう。

「リーダーは国民の期待を掲げ、勇気を奮い立たせ、人々を結集させることが必要だ。国民を最良の道へと導くのがリーダーの仕事だからだ」

若者が理想を語り、行動を起こすとき、そこには社会を良くしていこうという意志が働いているはずです。彼らの思いに応えられるかどうかは、私たち大人の役目なのかもしれません。

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