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レティシア書房店長日誌

島田虎之介「ロボ・サピエンス前史」
 
 2020年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞を受賞した「ロボ・サピエンス前史」(上下巻/古書絶版1100円)。以前から読みたかった作品でした。

 人知を超えた存在となっていくロボットたちの創世神話を、20万年以上の途方も無い時間軸で描いたSFです。SF漫画というと、精密な背景描写、こだわったキャラ設定の類と思われるかもしれませんが、その真逆をいくような作画です。おそろしく単純化された背景、シンプルな線で描かれるキャラ、詩的な余白。えっ?これがSF?と見えるかもしれませんが、傑作です!
 「ロボ・サピエンス前史」が描くのは、21世紀初頭に起きた原発事故下でのロボットたちの歴史です。核廃棄物を25万年かけて無害化する地下処分場の管理を任されたロボットが主人公で、半永久的にたった一人で施設の管理をしています。
 

 一方、最初に登場するクロエとトビーという男と女の形をした二人は、地球に帰ることがほぼ不可能な宇宙探査を命じられます。帰還が困難になった二人は、彼らを作った科学者が密かに指示した「幸せになる」というコマンドを実行し、はるか彼方の惑星で小さな家を作って、「幸せ」な生活を実行します。
 読んでゆくと、手塚治虫が以前に発表した「火の鳥 未来編」を連想させます。人工知能の暴走による核戦争で人類滅亡の後、長い進化の歴史を経て、再び人類が誕生するまでを描いていました。愚かな人類文明への警告が前面に出てくる「火の鳥」と比べて、「ロボ・サピエンス前史」に手塚のような悲劇性は全くありません。
 本作に登場するロボットたちはほとんど表情は変えません。けれども、ロボット同士でデータを交換するためには、互いのほおに触れあいます。まるで心を通い合わせようとしているかのように。人類が滅びようとも、限りなく人間的なロボットたちが歴史を引き継ぐ姿には、それまでのロボットものコミックでは味わえない不思議な解放感が漂ってきます。
 ところで第一話に、大富豪でロボットコレクターのサイモンからの依頼で、無くしたロボットを探すサルベージ屋の物語があります。富豪の恋人だったロボットの名前が、レティシア(笑)。調査を進めるうちに、そこに秘められた二人の関係が浮き上がってきます。
 本作は著者にとっては6作目。大学卒業後CM制作会社に勤務し、つげ義春の「海辺の叙景」に出会い、その表現力に感動し、2008年39歳で漫画家デビュー。その8年後「トロイメライ」で手塚治虫文化賞新生賞に選ばれました。寡作ながら、濃密な読後感の作品を生み続けてきました。これからも期待しています。


●レティシア書房ギャラリー案内
5/8(水)〜5/19(日)ふくら恵展「余計なことかも知れませんが....」
5/22(水)〜6/2(日)「おすよ おすよ」よしだるみ新作絵本出版記念原画展

⭐️入荷ご案内モノ・ホーミー「貝がら千話7」(2100円)
野津恵子「忠吉語録」(1980円)
坂巻弓華「寓話集」(2420円)
村松圭一郎「人類学者へのレンズ」(1760円)
きくちゆみこ「だめをだいじょうぶにしてゆく日々だよ」(2090円)
森田真生「センス・オブ・ワンダー」(1980円)
友田とん「パリのガイドブックで東京の町を闊歩する3 先人は遅れてくる」(1870円/著者サイン入り!)
川上幸之介「パンクの系譜学」(2860円)
町田康「くるぶし」(2860円円)
Kai「Kaiのチャクラケアブック」(8800円)
安西水丸「1フランの月」(2530円)
早乙女ぐりこ「速く、ぐりこ!もっと速く!」(1980円)
上野千鶴子「八ヶ岳南麓から」(1760円)
島田潤一郎「長い読書」(2530円著者サイン入り)
つげ義春「つげ義春が語る旅と隠遁」(2530円)
山本英子「キミは文学を知らない」(2200円)
たやさないvol.4「恥ずかしげもなく、野心を語る」(1100円)
花田菜々子「モヤ対談」(1870円)
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本」(660円)
夏森かぶと「本と抵抗」(660円)

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