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レティシア書房店長日誌

福嶋智「明日、ぼくは店の棚からヘイト本を外せるだろうか」
 
 著者は、ジュンク堂書店グループの大型店舗の店長を歴任し、書店や書物についての本も数多く出している、業界ではよく知られた方です。
 さて本書は、一時、書店店頭に雨後のタケノコのごとく並んでいた、反韓を煽るような”ヘイト本”について、その本を店頭に置くべきか、否かを悩み続けた著者の思いからスタートして、国を覆う様々な誤った言説を見つめた力作です(新刊3300円)。私自身はその膨大な人文書の読書量には追いつけず、全部を理解できなかったことを告白しておきます。
 

 私も大型書店員時代に、ヘイト本が日々入荷してくることを苦々しく思い、対応に苦慮した経験があります。誰かが書いていたのですが、もし海外に旅行に行って、現地の本屋で日本人を侮蔑するような本が積み上げてあったら気分が悪くなるでしょ、韓国の人がそんな本を日本の書店で見たときの気分も一緒だよ、という意見に納得して、片っ端から売り場に出さずに返本しました。本社からは批判され、読者の権利をお前は剥奪するのか、とまで言われました。私は正しいと意固地になっていましたが、本書を読んで、間違いではなかったがもっと考慮すべきだった、と自分の浅はかさに気付かされました。
 ヘイト本から話は少しさかのぼります。1995年、オウム真理教が「地下鉄サリン事件」を引き起こします。この宗教団体は出版部門を持ち、そこの若い営業マンが、書店によく来ていました。どんどん仕入れ、どんどん売っていました。が、あの事件の後、業界団体からは、店頭から引き上げるようお願いの文書が届きました。多くの書店はそれに準じましたが、著者が当時在籍していた書店(本書114Pから、その時のことが書かれています)も、そして、私が勤めていた店も販売を続行しました。当時来ていたオウムの営業マンに、「あなたたちのやったことは全て認めない。でも、これを機会にあなたたちの教団のことを知りたい人もいるはずだから、本の販売は続行します」と伝えました。実際に、興味半分の人や教団のことを知りたいと思った人も沢山いて、売れていきました。業界の幹部の方から、それは如何なものか……みたいな電話を受け取った記憶はあります。
 そして、大量に出回ったヘイト本。この時、業界からは何のお達しもありませんでした。ま、あんまりムキにならずに粛々と販売をしましょう、みたいな空気でした。おいおい、オウムの時は返本、返本としゃかりきになっていたのにヘイト本はいいの?と、一応丁寧に問い合わせたところ、まぁまぁ、日本のことではないし、時流なんで、みたいなお答えでした。若かったんですね、私も。その対応にブチ切れて、電話口で大暴れして横にいた店舗スタッフに「店長、コワ!」と逃げられたことを思い出します。
 この二つの事を経験して、表現の自由、本屋のあるべき姿などについて、思うところはありました。今回、この本を読んでいろんなことを勉強しました。著者の店で企画されたヘイト本フェアでは、それらの本を批判する本ばかりではなく、ヘイト本も一緒に販売したのです。批判もかなりあったみたいです。でも、著者の考えは同じ土俵に上げることで、納得の批判、批評を展開して、その結果を読者に知らせました。言うのは簡単ですが、これはかなりの労力と時間を必要とする作業です。
 一人の書店員が、ヘイト本の取り扱いから出発して、現場で覆いかぶさる様々な問題を提示し、どう考えてゆくかを提示する本です。願わくば、現役の若い世代の書店員の方に読んでいただきたいと思います。

●レティシア書房ギャラリー案内
5/8(水)〜5/19(日)ふくら恵展「余計なことかも知れませんが....」
5/22(水)〜6/2(日)「おすよ おすよ」よしだるみ新作絵本出版記念原画展
6/5(水)〜6/16(日)村瀬進個展
6/19(水)〜6/30(日)書籍「草花の便り」出版記念原画展 西山裕子

⭐️入荷ご案内モノ・ホーミー「貝がら千話7」(2100円)
野津恵子「忠吉語録」(1980円)
坂巻弓華「寓話集」(2420円)
村松圭一郎「人類学者へのレンズ」(1760円)
きくちゆみこ「だめをだいじょうぶにしてゆく日々だよ」(2090円)
森田真生「センス・オブ・ワンダー」(1980円)
友田とん「パリのガイドブックで東京の町を闊歩する3 先人は遅れてくる」(1870円/著者サイン入り!)
川上幸之介「パンクの系譜学」(2860円)
町田康「くるぶし」(2860円円)
Kai「Kaiのチャクラケアブック」(8800円)
安西水丸「1フランの月」(2530円)
早乙女ぐりこ「速く、ぐりこ!もっと速く!」(1980円)
上野千鶴子「八ヶ岳南麓から」(1760円)
島田潤一郎「長い読書」(2530円著者サイン入り)
つげ義春「つげ義春が語る旅と隠遁」(2530円)
山本英子「キミは文学を知らない」(2200円)
たやさないvol.4「恥ずかしげもなく、野心を語る」(1100円)
花田菜々子「モヤ対談」(1870円)
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本」(660円)
夏森かぶと「本と抵抗」(660円)

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