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レティシア書房店長日誌

トム・ゴールド「月の番人」(亜紀書房/古書800円)

 これは、コミック?あるいは絵本?それともファンタジー物語?ニューヨークタイムズ誌ベストセラーに選出されたスコットランド出身の漫画家が描くSF漫画、というのですが、あまりにも切ない作品だと思いました。

 藍色のオール2色刷りで展開するのは月の物語です。主人公は月にあるコロニーの安全を守る警察官。しかしご多聞に洩れず、この地でも住人たちがどんどん地球に帰還してしまい過疎化しています。だから、事件らしいことは皆無、主人公が遭遇した事件といえば迷子の子犬の捜査ぐらいです。やがて、彼を残して次々と地球に帰還してしまいます。彼は転勤希望を出すのですが、拒否されます。代わりにセラピーロボットが送られてくるのですが、役に立ちません。ポツンと残ったアパートから見える月の光景は、寂寥感が漂います。(蛇足ながらこのアパート。東京にあった黒川紀章設計の丸い窓の集合住宅「中銀カプセルタワービル」に似ています。)
 そんな時、「月のドーナッツミニカフェ今日開店」という看板を見つけて、入ってゆくと女の子が一人で店をやっています。彼は彼女と話すようになり、「子どもの頃警官になって月面で暮らすことが夢だったんだ。でも、今ここにいるとパーティが終わって みんなが家に帰っていくのを見ているみたいな感じだ。」と今の気持ちを語ります。
 ふと気づくと、今まで周りにいた人々がみんないなくなった後の虚無感。そして、迷い犬の飼い主もハワイに帰ってしまい、月に残るは、彼と彼女の二人だけになってしまいます。ラスト、二人がドライブに出かけ、天空を仰ぎ見るところで物が物語は終わります。最後の二人の表情は、諦めなのか、それともこの状況に満たされているのか、判断できません。谷川俊太郎が「無人の月の静寂がホントで地球の賑わいがウソみたい」と推薦の言葉を帯に書いています。
 読み終わって、あれ、この静寂感どこかで感じたことがあると思ったら、それは大晦日の夜の雰囲気だったのです。街中は多くの人がでているので、いつも以上に賑わっているのですが、住宅街やシャッターが閉まった商店街を歩いた時に感じる気分に似ているのです。決して嫌な気分ではないのですが、ちょっと切ない。美しい本なので、親しい方へのプレゼントにもいいかもしれません.......。

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