見出し画像

レティシア書房店長日誌

岸政彦「ビニール傘」
 
 社会学者である岸政彦の初の小説作品で、芥川賞候補になった小説です。(古書950円)

 全編大阪弁でのリアルな会話が聞こえてくるような、その日暮しの景色が眼に浮かんでくるようです。
 「実家に帰らんとあかんねん。あ、やっぱりそうなん。うん、どうしてもな、介護で。親の。お兄ちゃん、長男やねんけど、まだ独身やし、まだええかなと思ってたんやけど、転勤なるかもしれんし、帰ってきてほしいって。
大阪におってもしょうがないし。」と、彼女が云うと、「そうか、そうやな。しゃあないな。」と答える彼氏。
 そのあと、彼はこんな思いにとらわれる。
 「こうやって、特に何のドラマもなく、こいつとも別れることになるんだなと思った。最初にどうやって出会ったのかもよく覚えていない。どれくらい付き合ってるんだっけ。いや、そもそも、俺はこいつと付き合ってるんだろうか。」
 それなりに社会のなかで生きているのに、どこか頼りない、流されているような人生。もがいてそこから脱出するわけでもなく、出口のない閉塞感が漂っています。大阪の街の片隅に生きている市井の人たちが、一時過ごした人との思い出に寄り添って静かに暮らしている、その息遣いが伝わってくるような小説です。
 「店員がほとんどいない広い店内のレーンを、にぎやかな電子音を鳴らしながら寿司皿が流れていく。俺たちが暮らしているのはコンビニとドンキとパチンコと一皿二貫で九十円の格安の回転寿司でできた世界で、そういうところで俺たちは百円二百円の金をちびちびと使う。」
 最下層といってもいいような環境で暮らす男と女。周囲はゴミだらけ、さらに、食べ物でさえゴミを食べているかのような生活。パワーや生命力は感じられず、脱力感に支配されて静かに日々を消化する毎日。その様子を描いてゆくのですが、決して辛いとかしんどいと云う読後感ではないのが不思議なところです。
 これ、やはり大阪(大阪弁)が舞台でないと成立しない物語かもしれません。関西に住んでいて度々大阪に出かける方なら、この小説で描かれている世界は、親近感があるかも。
 「マンションの窓を開けると、ビルの隙間に小さく通天閣が見えていた。五回建ぐらいの小さなビルやワンルームマンションがどこまでも並び、その合間に古い木造の長屋が残っている。居酒屋、印刷屋、衣料問屋、なにかわからない小さな部品を作っている町工場、駐車場、整骨院、スナック、薬局、コンビニ、郵便局、コンビニ、駐車場、スナック。つぶれた喫茶店、つぶれた服屋、つぶれた本屋、つぶれた焼き鳥屋。都会に出て住んだ街はそんな場所だった。汚いビルやアパートや駐車場ばかりの街。それが私の住んだ大阪だった。」
 それでもな、大阪ってええねん、なっ…….という声が聞こえてきそうな作品でした。

●レティシア書房ギャラリー案内
4/24(水)〜5/5(日)松本紀子写真展
5/8(水)〜5/19(日)ふくら恵展「余計なことかも知れませんが....」
5/22(水)〜6/2(日)「おすよ おすよ」よしだるみ新作絵本出版記念原画展

⭐️入荷ご案内モノ・ホーミー「貝がら千話7」(2100円)
野津恵子「忠吉語録」(1980円)
坂巻弓華「寓話集」(2420円)
村松圭一郎「人類学者へのレンズ」(1760円)
きくちゆみこ「だめをだいじょうぶにしてゆく日々だよ」(2090円)
森田真生「センス・オブ・ワンダー」(1980円)
友田とん「パリのガイドブックで東京の町を闊歩する3 先人は遅れてくる」(1870円/著者サイン入り!)
川上幸之介「パンクの系譜学」(2860円)
町田康「くるぶし」(2860円円)
Kai「Kaiのチャクラケアブック」(8800円)
安西水丸「1フランの月」(2530円)
早乙女ぐりこ「速く、ぐりこ!もっと速く!」(1980円)
上野千鶴子「八ヶ岳南麓から」(1760円)
島田潤一郎「長い読書」(2530円著者サイン入り)
つげ義春「つげ義春が語る旅と隠遁」(2530円)
山本英子「キミは文学を知らない」(2200円)
たやさないvol.4「恥ずかしげもなく、野心を語る」(1100円)
花田菜々子「モヤ対談」(1870円)
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本」(660円)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?