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愛と、喪失と、再生と あなたを想う花 ヴァレリー・ペラン

フランスで130万部突破の国際的ベストセラー小説
2020年イタリアで一番売れた本
2022年ノルウェーで一番売れた本
〈ウォール・ストリート・ジャーナル〉が選ぶベスト・ブックに選出

「今、君を失い、涙に暮れているが、どれだけ悲しみが深くても、君と出会えた喜びの方が大きい――」

たったひとりで墓地を管理するヴィオレット。
墓参者たちの打ち明け話に耳を傾ける彼女自身もまた、「ある喪失の物語」を抱えていた──

ヴィオレットが管理する墓地は美しい。通路には樹齢百年になる菩提樹が並んでいて、多くの墓が花で飾られている。誰も訪れなくなった墓が淋しく見えないよう、ヴィオレットが花を手向けているから。墓地管理人の仕事は、そこに眠る者たちの世話をするということなのだ。
ある日、ジュリアンという警視が母親の遺言をもって突然やってきた。母親が、家族には秘密で愛人と同じ墓に入ると約束していたのだという。50歳を間近にして、何度も絶望に襲われ、新しい人生をあきらめていたヴィオレットにとって、この男女の物語は大きな衝撃を与える。花が新鮮な水で生き返るように、彼女の人生もまだ終わってはいないのだ、と――

Amazon商品ページより

書店で帯のアオリにつられて読んだ1作。
墓地の管理人をしている、夫が失踪してしまった女性の物語だ。
物語の前半は、彼女が墓地の管理人になるまでの半生と、墓地での生活、墓地にやってきたジュリアンとの出会い、そしてジュリアンの母、イレーヌの日記で語られるガブリエルとの恋が中心となって語られる。
ヴィオレットは施設育ちで天涯孤独の身の上だ。満足な教育も受けられず、里親も何度も変わり、読み書きも満足にできないまま社会に出た。そんな彼女がバーテンダーをしている時に出会ったフィリップと恋に落ちる。幸せな恋人の時間、それはヴィオレットの妊娠で終わりを告げる。彼女を見下して毛嫌いしているフィリップの母親だったが、子供ができた以上は結婚するように、と半ば命令のように2人を結婚させる。しかし家庭に縛られるタイプではないフィリップはいつも女の影をちらつかせ、仕事もまともにせず、自分は両親から十分な援助をもらっているにもかかわらず、ヴィオレットの稼ぎで生活をさせるというろくでもない男だ。
手動の踏切の管理をしながら娘に愛情を注ぎ育てるヴィオレット。楽な生活ではないながらも、家族を知らなかったヴィオレットにとっては娘との時間は幸せなものだった。
しかし、現在のヴィオレットを描くパートに娘の影はない。途中までは娘は成長し、離れて暮らしているのかと思ったが、そうではなかった。
上巻の後半で明かされる、ヴィオレットが墓地の管理人になった理由。それは彼女の娘の死だった。その死の真相を巡る展開はミステリ仕立てでもあり、そして最愛の娘を失ったヴィオレットの再生の物語でもある。
墓地に埋葬された人々の、垣間見える人生と、ヴィオレットの人生と、そして重なり合うようにジュリアン、フィリップ、イレーヌ、ガブリエル、彼らの愛が描き出されていく。
正直なことを言うと、このヴィオレットの娘の死が明かされるまで、乗り切れないまま読み進めていた。そこから一気に展開も早まり、人物たちの相関図も違った様相を見せ始めるので、読みごたえが増した。
それまでは正直、何年も前の母親の不倫を知った息子と、ろくでなしに振り回されながら生きてきた女の、展開の遅いラブストーリー、という印象があり、なんともフランス映画っぽい恋愛ものだな、と思っていた。それもそのはずで、作者は『男と女』の監督、クロード・ルルーシュのパートナーで、脚本も担当しているそうだ。マリオン・コティヤールあたりで映画になりそうな雰囲気がある。イメージを浮かべながら読む人ならもっと楽しめる本ではないかと思う。
それはさておき、ヴィオレットの娘の死が明かされたところから、フィリップの本当の心情と、彼の生い立ちが明かされ、ただのろくでなしに過ぎなかった彼が、健全な親の愛情を受けられず、安らぎであった叔父の妻に恋愛感情を抱いたことで自ら居場所を失い、そして心から愛した人は得られないという空虚さを抱えていたことを知る。そしてそうは思えない行動ではあったが、ヴィオレットと娘を愛していたことを読み手は知るのだ。けれどそのことをヴィオレットは知らない。フィリップは娘を失ったヴィオレットを見て、どうしていいかわからないほど愛しさを感じ、娘を失った悲しみに沈んでいるのに、それをヴィオレットと分かち合うことはできないのだ。ずっと前にヴィオレットが彼を諦めていたから、フィリップはこの悲劇の最中にあってヴィオレットも自分は失っているのだと気づく。今更ながら、ヴィオレットを誰にも渡したくないと思うほど愛していたことに気づくのだ。
フィリップは贖罪の気持ちと、ヴィオレットを取り戻したいという思いから、娘の死の真相を探っていく。そして彼は真相に辿り着くのだが、その真相は彼をヴィオレッタの元から去らせるほどの重いものだった。それを知った彼はもはやヴィオレットと、娘の眠る墓地には暮らせない。そしてある事情からヴィオレットと再会した後、彼は一つの結末を選ぶ。
かつてヴィオレットが手に入れた愛しいものはみな、彼女の手をすり抜けていく。墓地は娘の死を受け入れられなかた彼女にとっては忌むべき場所だったが、彼女を癒していったのもまた墓地だった。墓地を管理していたサーシャと出会い、彼の父性的な愛情と優しさに触れて再び生きようとし始めた彼女にとって、彼の後を継いで墓地の管理人になることは彼女が生きるために必要だったのだろう。娘のそばに暮らし、そしてその墓地に埋葬される人々の死を見つめ、彼らの生きた人生を墓碑に刻まれた言葉と墓参する人々から伺い知ることで、生きるということを見つめる。人生というものを見つめ、そしてジュリアンから託されたイレーヌの日記から、別ち難い愛というものを知り、ヴィオレットは再び自分自身を生きることを決意するのだ。
前半の展開からすると、この後半の展開はかなりわかりやすくエンタメ的ではあるが、前半のどこかしっくりこないヴィオレットの一見穏やかに見える墓地での暮らしのくだりがかなり物語に厚みを与えていたことに読み終わると気づく。ジュリアンとの関係に、なぜヴィオレットが慎重だったのか、なぜ彼女は生きているのに浮遊感を感じさせ、死者との方が距離が近いように感じられるのか、そうしたことが全て繋がっていく。それぞれの視点で入れ替わり立ち替わり語られることで、少しづつ種明かしされていく構成が、結末に近づくにつれ利いてくるのだ。
1人の女性の愛と、喪失と、再生の物語。
フランスの田舎町の光景が浮かぶ描写といい、ぜひ映像でも見たいと思う作品だった。
4年前に『男と女』の続編をクロード・ルルーシュは撮っているが、この作品でまたメガホンを取ることはあるだろうか。年齢的に難しいかもしれないが、また夫婦での共作という形で見られたら、と思った。

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