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モノだけが詰まっているんじゃないんだ。 母親からの小包はなぜこんなにダサいのか 原田ひ香

昭和、平成、令和――時代は変わっても、実家から送られてくる小包の中身は変わらない!?
業者から買った野菜を「実家から」と偽る女性、父が毎年受け取っていた小包の謎、そして、母から届いた最後の荷物――。
実家から届く様々な《想い》を、是非、開封してください。

初めて一人暮らしをしたのは大学進学をした年だ。
古い田舎の家で育ち、自分の部屋とは言うものの、襖でいつでも好き勝手に家族が入ってくる環境で育ち、思春期独特の息苦しさや反抗心もあった私にとっては一人暮らしというとなんともワクワクした覚えがある。
とはいえ、誰の声も聞こえないアパートは寂しくもあり、炊事洗濯すべて自分でという煩わしさ、調子に乗って夜っぴいて友達と遊んで起こしてくれる人もいなくて講義に遅刻したりと、失敗したり時には家に帰りたくなったりしながら4年目にはもう新鮮味も何もなくなっていた。
それから35で結婚するまでずーっと一人暮らしでやってきたが、その間定期的に実家からは小包が届いていた。私の実家は農家なので、実は米を買ったことがない。無くなりそうになると実家に電話して「送ってー」。
そして米と共に季節の野菜が送られてきて、ずいぶん食費の節約になったのでありがたいかぎりである。もちろんこちらから言わなくても、これ採れたから送る、と送ってきてくれることもある。
米や野菜と一緒に肥料屋さんや種屋さんからもらったタオルが入っていたり、最近試して美味しかったという母オススメの調味料が入っていたり、貰い物の洗剤や何故かはわからないがラップやジップロックのような自分で買えるような細々したものが入っていたりした。
農家あるあるだが、お裾分けや小包に入れてくる量がハンパないのである。あなたの娘は一人で!暮らしているんですよ!と「!」マークをつけて主張したくなるほどの量が入っているのもしばしばだ。立派な白菜二玉に大根まるまる一本、その上立派な丸大根まで入っていたりする。野菜の保存用に読みもしないのにコンビニで新聞を買ったことも何度かある。
そして電話でもちょこちょこ話しているのに、わりとどうでもいいようなことを書いた一筆箋が入っていたりもする。
忙しくて疲れて自炊するのが面倒な時も、送られてきた野菜がダメになるからとどうにか料理したこともあり、大量に野菜が入った箱を前に苦笑いしたこともある。
そんな実家便は結婚してからは車で行ってもらう方が早いのと、妹の子供達に会う口実にもなることから取りに行くことが増えて減ってしまったのだが、今回この本を読んで、なんだかまた実家便が欲しくなってしまった。
そんな小包を巡る六編が収められた短編集なのだが、一話目の『上京物語』でもう心を掴まれる。田舎が嫌で、密な関係の家族が嫌で上京したのに、学校でも友達が作れず、不慣れな一人暮らしでも心細く、でも親には帰ってこいと言われたくなくて言えない。そんな時に届く母親からの一見ダサい、でも心配と愛情の詰まった小包。里心が付きそうになりながらも、頑張ろうと思う、そんな主人公の女の子が一人暮らしを始めた時のことを思い出させてくれるのだ。
キャリアウーマンの母と家庭に収まっていたい娘のすれ違いの物語や、毒母のことを婚約者に言えず、定期便で購入している農家からの小包を実家からだと偽っている女性の物語。その小包を作っている農家の娘で東京で失敗して帰ってきた娘が、お母さんの小包という商売を思いついてやってみる物語。毎年北海道から送られてくる小包が父の死後も届き、どういう間柄だったのかを息子が尋ねにいく物語や、母の再婚に反発して親子関係が拗れていた娘の元に急逝した母からの最後の小包の物語など、どの物語も小包から心が解けていく、優しく暖かい物語だ。
親子というのは離れて暮らすようになれば交わす言葉も減り、なんなら何ヶ月も平気で連絡しなくなったりする。若いうちは特にだろう。実際私も結婚するまでは年に二、三度帰省すればいい方で、電話もこちらからかけることは数えるほどだった。今になってみればそれも甘えていたというか、親も自分も若かったので、大して実家のことを気にせずに済んでいたし、寂しくなるよりも一人の気楽さが大きかったんだろうと思う。親としてみれば便りのないのは……と言いつつも、心配でもあり寂しくもあっただろうと今になってみれば思う。
そう考えると、一人暮らしというのはホームグラウンドが移動したというか、自分でホームを作っていたんだなあ、などと思ったりもする。結婚して、お姑さんが病気がちだったこともあり即同居して、それなりにお互い気を遣ってうまくやっていたとはいえ、やはりアウェイ感は否めず、一人暮らしをしていた時に比べると実家に帰る回数は増えた。
昨年お姑さんを見送ったが、チビたちに会いたいのもあって、帰省の回数が減ったりはしていない。今いるところが自分のホームになってはいるものの、一人暮らしをしていた時に比べると実家との距離感は近くなったな、と思う。
そんな風に、実家のことや両親のことをなんともしみじみと振り返らせてくれるような本なのだ。
決して湿っぽくなく、思わず、あるある、と頷きたくなるようなさりげないエピソードが多いのだが、これまでの自分と親との関係や、一人暮らしをしていた時の実家との関係などを思い出し、じんわりと心に沁みてくるような六編なのだ。
最近は取りにおいでと言われるばかりだが、久しぶりに甘えて荷物で送ってと言ってみようか。一緒に畑で採って持ち帰る自分便とはまた違う、母親独特のオカンセンスに満ちた小包が懐かしくなる一冊だった。

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