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孤独に忍び寄るもの 嘘つきジェンガ 辻村深月

詐欺をめぐる3つの物語。
『2020年のロマンス詐欺』
まさか、こんな2020年の春が待っているとは思いもしなかった――大学進学のため山形から上京した「加賀耀太」だったが、4月7日、緊急事態宣言が発令されてしまう。入学式は延期され、授業やサークル活動どころか、バイトすら始められない。そのうえ、定食屋を営む実家の売り上げも下がって、今月の仕送りが半分になるという。地元の友人「甲斐斗」から連絡が来たのはそんなときだった。「メールでできる簡単なバイト」を紹介してくれるというのだ。割の良さに目がくらんで始めた耀太だったが、そのバイトとはロマンス詐欺の片棒を担ぐことだった。早く「実績」を上げるよう脅され、戸惑いながらもカモを捕まえようと焦る耀太は、「未希子」という主婦と親密なやりとりを交わすようになる。ある日、未希子から「助けて、私、殺される」というメッセージが届く……。
『五年目の受験詐欺』
「紹介は、詐欺だったんです、私たち、騙されていたんですよ」――電話口でそう告げた女の声に「風間多佳子」は驚愕した。詐欺と言われてもにわかには信じられなかった。なぜなら、「大貴」は志望校に合格したのだから。教育コンサルタントが受験生の親向けに開く完全紹介制の「まさこ塾」に多佳子が通っていたのは、次男・大貴の中学受験に際してだった。頑張っても頑張ってもなかなか成績が上がらず苦しむ息子の姿に心引き裂かれていた多佳子は、息子を信じようと決意しながらも、つい、まさこ先生に持ち掛けられた、100万円で受けられる「特別紹介の事前受験」という甘い誘いに、夫にも内緒で乗ってしまったのだ。あれが詐欺だったなら、息子は自力で合格したのか。混乱する多佳子のもとに、「まさこ塾」で親しくしていた「北野広恵」から連絡がある。「多佳子さんにも、当時、まさこ先生からその……お誘いはあったの?」
『あの人のサロン詐欺』
「紡」はオンラインサロン「谷嵜レオ創作オンラインサロン オフ会」を主宰している。最初は漫画原作者・谷嵜レオとファンとの非公式な交流イベントだったが、谷嵜のようなクリエイターに憧れる彼らの質問を受けるうち、いつのまにか創作講座がメインとなった。紡が発する言葉を熱心に書き留める参加者たち……谷嵜レオになるまで、紡は自分がこんな風に話せる人間だとは知らなかった。自分の作品を熱心に愛してくれる皆が、紡の話に真剣に耳を傾けてくれる高揚感で、オフ会の時間はあっという間に過ぎる。しかし、じつは紡は谷嵜レオではない。谷嵜が覆面作家なのをいいことに、創作サロンの参加者にも、自分の家族にもそう偽っているのだ。これは詐欺なのだろうが、全身で谷嵜レオを生きてしまっている紡には、その考えはしっくりこなかった。ほんものの谷嵜が逮捕されてしまうまでは。

Amazon商品ページより

詐欺を題材に取った短編集。いずれも現代的なテーマだが、根底にあるのは“孤独”だと思った。
一つ目のロマンス詐欺ではコロナ禍に山形から上京し大学に進学はしたものの、緊急事態宣言などを受けて大学が始まらず、バイトもできず友人もおらず、実家も経済的な影響を受けており不安を抱えた学生が主人公だ。たまたま幼馴染から誘いを受けて、詐欺だと思わずに怪しいバイトを始めてしまい、気づいたらロマンス詐欺をやらされることになっていた。
もしも彼にこの幼馴染からきたLINEについて話せる相手がいたなら、こんな話には乗らなかっただろう。詐欺と気付いても抜けられないように絡め取られるのだが、それだって冷静な視点があればどうとでも抜けられる話なのだ。彼がもし両親に話せていたら。もし相談できる友人がいたなら。
けれど案外そんなものなのかもしれない。自分が安定していて、話す相手がそばにいたなら引っかからない話でも、不安と孤独の中にいて相談も容易にはできない状態だったなら。そんなふうにすぐそばにぽっかりと空いている穴にはまってしまうのかもしれない。
2話目の受験詐欺は被害者側の視点だが、これもまた彼女が彼女の抱えているものをわかってもらえる、話せる相手がいなかったからこそ引っかかってしまうのだ。彼女には家庭がある。夫がいる。もしも夫が彼女の抱える不安に寄り添っていたなら、きっと彼女は金を払うことはなかっただろう。
彼女は夫に相談したのだ。夫はそんな馬鹿な話があるかと一刀両断するだけで、彼女の抱えている焦りや不安には寄り添わなかった。子供の中学受験を当たり前と考えて、受験を進めたのは彼だったにもかかわらず。
中学受験の経験がなく、長男の時は優秀だったために学校選びも受験対策もそれほど苦労しなかった母親にとっては、成績の上がらない次男の受験は不安で不安でたまらなかった。次男自身も成績が振るわないことに焦りを感じ、母親に不安をぶつけている。それを1人で受け止めてやきもきする彼女にとっては教育コンサルタントが唯一すがれる相手だった。
1話目の主人公と違い、彼女には家族がすぐそばにいるのに、それでも彼女は孤独だった。
3話目のオンラインサロン詐欺の主人公は、“何者にもなれなかった人”だ。物語の作り手に憧れて、両親の反対を押し切って創作系の専門学校に行くが、何も作り上げることができず、ふとした弾みでSNS上で憧れのマンガ原作者になりすましてしまい、創作講座のオンラインサロンを始めてしまう。両親からはいつまでもフラフラした子供だと思われ、同級生たちは努力を続けることで結果を出し始め、何にもなれない自分への苛立ちと自意識を持て余している。
彼女もまた、どうしようもない承認欲求と自分の才能への諦めを抱えて1人殻に閉じこもってファンタジーを作り上げているのだ。
もしも彼女に学生時代本気で創作を磨き合う友人ができていたなら?熱を持って指導してくれる恩師のような人がいたら?両親に素直に苛立ちをぶつけていられたら?
この“もし”を埋めるものがあればきっと彼女はなりすましなどしなかっただろう。彼女の熱を受け止めてくれるものがあれば、きっと違っていたのだ。
この3編の物語に、根っからの悪人は登場しない。正確に言えば2話目の教育コンサルタントは悪人なのだが、主人公となる騙す方も、騙される方も、何かしらその甘い匂いのするところにはまってしまう空虚さや孤独を感じているのだ。
そしてそれはきっと誰しもが感じたことがあるだろうことで、この登場人物たちを馬鹿だなあと突き放してしまうことはできない。もしも、彼ら、彼女らのような状況に自分が置かれていたとしたら、その落とし穴にはまってしまうかもしれない。そう思わせるものがある。ごく普通の日常のそばにぽっかりと空いている落とし穴。そこにはまってしまうかどうかは紙一重なのだ。そしてそこにはまらずにいられることは幸せなことなのだということも改めて感じる。
おかしい、胡散臭いと感じていないわけではない。けれど、自分たちの抱えるものに寄り添ってくれる人がいなければ、そんなものでもすがってしまう。その人の弱さをこの物語は映し出している。
以前読んだ有川浩の『3匹のおっさん』シリーズの中にも健康食品や健康器具の悪徳商法が描かれていたが、その物語でも解決方法は独居老人が集まれる交流スペースを作り、孤立を防ぎ孤独感を与えないことで詐欺に引っかからないようにすることだった。“孤独”というものはそれほど判断を危うくさせる“病”なのだ。
コロナ禍経て、ようやく日常が戻りつつあるが、このコロナ禍が産んだ“孤独”と“不安”といいう病は未だ癒えてはいないだろう。昨今の不穏な事件はこの物語で描かれるような、日常のすぐそばに空いた、もし孤独でさえなければはまらなかった穴に落ちてしまったケースも少なくはないだろう。そんなことを考えさせられる。
どの物語も希望を感じさせる終わり方をしているので、読後感は爽やかだ。
彼らは自身の抱えていたものと向き合い、俯いていた顔を上げさえすれば気づけた自分に差し伸べられていた手に気づき、“孤独”から解放されていく。もしかしたら救いがある分、この物語は甘いかもしれない。本当に1人きりで、孤独が癒えることのない人もいるかもしれない。そう考えると、この物語の救いはファンタジーかもしれないが、もし顔を上げて辺りを見渡して、手を伸ばして声を上げることができたら、掬い上げる手はきっとあると信じたい。
これとはまた違う話ではあるが、ミュージカル『Dear Evan Hansen』の“You Will Be Found”を聴きたくなった。なんとなく、この曲と共通する部分があるように感じた。

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