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執念 リバー 奥田英朗


さて、本日は読みえたばかりの本の感想を書こうと思います。読みたてほやほやなので、あまりまとまっていないかもしれませんが、これは記憶に新しいうちに書いた方が良さそうだな、と思ったので書いちゃいます。
先日の親知らずの抜歯をした日の記事に載せていた、こちらの本。
感想部分、また文体変わります💦

同一犯か? 模倣犯か?
群馬県桐生市と栃木県足利市を流れる渡良瀬川の河川敷で相次いで女性の死体が発見!
十年前の未解決連続殺人事件と酷似した手口が、街を凍らせていく。
かつて容疑をかけられた男。取り調べを担当した元刑事。
娘を殺され、執念深く犯人捜しを続ける父親。
若手新聞記者。一風変わった犯罪心理学者。新たな容疑者たち。
十年分の苦悩と悔恨は、真実を暴き出せるのか――
人間の業と情を抉る無上の群像劇×緊迫感溢れる圧巻の犯罪小説!

Amazon商品ページより

奥田英朗氏というとまず精神科医伊良部シリーズが浮かぶのだが、この方も色んなスタイルを持った作家で、軽妙で洒脱な作品を書くかと思えば『邪魔』や『オリンピックの身代金』のように後味の重い作品もあり、今回の『リバー』同様、『罪の轍』のように実際の事件を下敷きにした作品もあったりと、守備範囲の広い作家というイメージだ。
いずれにしても奥田英朗氏は私の中では一気読みになること必至の作家なので、この『リバー』もぶ厚さに買うのを躊躇していたが、買ってしまった。案の定、こんな単行本を持ち歩いて電車でまで読むことになってしまった。いや、そうしろと誰に言われたわけでもないのだが。
感想の前に、ご存知の方がほとんどだと思うが、下敷きにされている事件に触れておこうと思う。
いわゆる北関東連続幼女殺人事が下敷きになっている。そもそもこれら一連の事件が連続したものではないかというのは、足利事件の菅家氏の無罪を訴えるHPで検証されていたことに端を発する。その後、桶川事件で有名なジャーナリストの清水潔氏がその主張を報道番組で取り上げ、同氏は『殺人犯はそこにいる 隠蔽された北関東幼女誘拐事件』を出版している。
事件の詳細は以下のリンクをお読みいただけるとありがたい。

現在未解決となっているこの事件だが、群馬と栃木の県境20km以内で発生しており、いずれも渡瀬川の側で遺体が発見されている。被害者の年齢や行方不明になった状況も似ており、事件と事件の間に数年をはさむが、同一犯による犯行ではないかと思われている。
実際の事件では幼女が被害者だが、今作では成人女性が被害者となっている。10年前に起きた未解決事件とまったく同じ手口で、足利と桐生の渡瀬川の河川敷に遺棄された、二つの遺体。
この事件を追う二つの警察署の刑事と、10年前の事件を担当していた元刑事とその時の容疑者の男、容疑者逮捕に執念を燃やす警察に不信感を持つ10年前の事件の被害者の父親、新米女性記者。捜査線上に浮かぶ新たな容疑者、引きこもりの男と期間工の男、そして期間工の男に惹かれ、関係を持つスナックの女。
登場人物は多いが、奥田氏の精緻な筆によって描き出されていく泥臭い人間模様がどんどん先へと読み進ませる。
一つ一つ手がかりを積み上げていく捜査、素人だが娘を奪われた怒りから真相へと近づいていく父親、かつて取り逃した容疑者の異常性に触れるにつれ、野放しにはできないと決意する元刑事。細かく丁寧に描き出される、それぞれの血の滲むような捜査の模様に引き込まれていくのだ。
読み手は、早い段階で犯人はこの男だろうと目星はつくのだが、決定的な証拠は掴めないもどかしさにやきもきすることになるのだが、そうしている間に、事態は複雑に絡み合い、また確信が持てなくなる。捕らえたと思えばそこからまた二転三転と、最後まで読み手に読みきらせない展開だ。
警察と検察の駆け引き、合同捜査の難しさ、物証を見つけられない苛立ち、捜査の細部まで書き込まれていながらダレることもない。10年前の容疑者だった男のクズさに憤り、その異常性に恐ろしさを覚え、引きこもりの男が抱えていたものに驚き、期間工の男の底知れなさと心理に興味を惹かれる。細かに描かれる追う側の視点に比べ、容疑者側の視点を描かないことによって、彼らの得体の知れなさがより際立っている。
執念を燃やすあまり、逸脱した行動をとってしまう10年前の被害者の父親の悲哀と、元刑事の覚悟。彼らに触れるにつれ、事件記者というものになっていく新人女性記者の心の動き。相手がどんな男であれ、面倒で辛い日常から離れられればいいと思い、男を信じようとするスナックの女。警察の人間だけでなく、そうした周辺の人物の厚みがまたそのまま物語の厚みになっていく。
決定的な証拠がなければ起訴できない。
10年前と同じ失敗は許されない。
全編を覆うこの緊迫感が、これほどの長編であっても中だるみさせることなく、疾走感を持たせている。成果の出ない捜査に焦り、一度は捕まえたのに落とせずに釈放しなければならない無念さ、手出しのしにくい相手へのもどかしさ、そうした刑事たちの感情が迫ってくる。
ネタバレせずに感想を書くのが本当に難しいのだが、先にも書いた二転三転する読みきれない展開によって、この刑事たちの焦燥感を読み手も一緒に経験しているのではないかと思う。それほど焦れる展開だった。この男が犯人だろう、もう他の容疑者は外してもいいだろう、そう思えるのに、外しきれない何かがある。そして結末にたどり着いた時、誰1人として容疑を外してはいけなかった、誰かが欠けてもピースは埋まらなかったのだということに驚愕する。
結局のところ、なぜ犯人がこんな凶行に及んだのかというところは描かれない。理屈はつけられるが、それは読み手側の憶測にすぎない。だがどんな理由があろうと、この凶行が許されるようなものではないし、到底こちらからは納得できるような理由ではない。その心中を描かないことによって、犯人の業の深さ、異常性が底知れない闇となって広がるような感覚がある。
この事件を通して、事件とはどういう悲劇を生むのか、それを追う者の執念とはどういうものかを知った女性記者が、事件を追い続けた自身を振り返るところで物語は終わる。
追い続けた者たちの物語を締めくくるのが、刑事たちではなく、新人女性記者というところがまた上手い演出だ。検察に起訴させるだけの材料は揃っているが、刑事たちにはまだこれから、送検までの闘いが待っているのだ。一筋縄ではいかない取り調べになるだろうことは、この物語の途中ですでにわかっている。そこからフォーカスを少しずらして、ひとまず事件の幕引きを迎える記者の視点で締めることで、重く後味の悪くなりそうな読後感を爽やかなものにしてくれている。
久しぶりにこのボリュームの本を一気に読んだが、物語の渦に巻き込まれるような没入感があった。650ページ近くの長編だが、長さを感じさせない、途中で手を止められない一冊だった。

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