見出し画像

お一人様限定バーに行った話

 西武新宿駅から線路沿いに歩いて行き、職安通りと交差するところにあるビルの7階、そこに「お一人様限定BAR ひとり」がある。その名の通り、客はお一人様でしか入店できない。
 開店時間の19時にはビルの下にいたのだが、開店と同時に行くのは躊躇われたので、少し周辺をぶらつき、開店から20分ほど経って入店した。扉の前に立つと中の会話が漏れて聞こえ、開けるとそこにはもう何人かの先客が居て、楽しく談笑していた。店内はカウンターが9席と、その後ろに横長のソファがあり、そこに数人座れる程度の狭い空間だった。
 私はカウンターの一番奥まった席が空いていたので、そこに座った。若い男性二人がバーテンをしていて、一人からシステムの説明などを受ける。時間でチャージが加算されるシステムで、ただドリンクを頼むとチャージが割引される。大してカクテルに詳しくない私は定番のジントニックを注文し、チビチビ飲み始める。
 カウンターの端から、ここにいる客、すべて一人で来ているのにも関わらず、隣席の客と何の迷いもなく話しててすごいな、と持ち前の人見知りと多少の疎外感を感じていると、右隣の空席に男性が一人やってきた。「ここは初めてですか?」から始まり、どこで知ったのか、今日は休みだったのか、と言った何気ない会話をしていると、その男性はお店のマスターで、少し店の様子を伺いに来ていたそうで、私からもバーについて質問をいくつかした。その頃になると初めに感じていた人見知りや疎外感は薄れ、お酒と会話を楽しんでいると、若い女性が来店し、マスターは席を譲り去っていった。
 その女性は常連客のようで、バーテンの男性とも顔見知り、そしていわゆる「いつもの」が通じるような関係だった。女性のもとにはジャック・ターという度数の強いカクテルがやってきた。
 それからはずっとその女性と話をしていた。女性は先ほどまで友人と居酒屋で飲んでいたらしく、しかし解散が早かったので二軒目に来たのだという。その女性はとにかく話がしたい欲求が強く、私も今となっては何の話をしたのか定かではないが、相手の話を聞き、相づちを打ったり、私自身の話をしたり、楽しいお喋りが繰り広げられた。
 印象に残ってるのは女性がOfficial髭男dismのファンで、「明日武道館に髭男のライブ行くんだ」と楽しそうにしていたことだ。私は髭男の曲はほとんど知らないので、オススメアルバムを聞いたりした。今これを書きながら、ライブのことを調べたらメンバーのコロナ感染で中止になったことを知った。女性のメンタルが心配される。
 どのくらい居たのだろう、恐らく二時間を多少越すほどだと思うが、その女性が同じビルの3階にある系列店「3rd Place」に会いたいバーテンの女性がいるとのことで、一緒に退店し、興味本位で付いて行った。
 「3rd Place」は通常のバーと同じシステムで、複数人でも入店できた。女性はお目当てのバーテンの他に、顔見知りの女性客も発見し、ジャック・ターの酔いもあってテンション爆発していた。こちらの店もカウンターが10席程度と補助席が少しあるような小さな空間だった。
 私たちが来た時にはカウンターにいた客同士、どことなく連帯感があるように見えたが、話を聞くとみんな一人で来ていて、しかも初対面なのだという。「3rd Place」には終電も迫っているので一時間ほどしか居なかったが、ある男性客がハロウィン用に買ったというペストマスクを出してきて、仮装し始めたのは面白かった。
 何度か通えば顔見知りも増えるだろうが、やはり初対面の人の方が圧倒的に多いだろう。この時間、私が会話をした人すべては初対面で、基本その場限りの関係だ。もし常連になっても行くたびに会う人は変わるし、その見知った相手がまた同じタイミングで来店するとも限らない。私がずっと話していた髭男ファンの女性も、ペストマスクの男性も、もしかしたら今後会わないかもしれない。馴染みの仲間で盛り上がるのも楽しいが、一期一会をここまで堪能できた体験も珍しいので、ここに書いておくことにした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?