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短編小説(3/3)「ナイト・プール・ブギ」(完結)

(はじめに)この短編小説は、記事3回分の連載ですので、(2/3)をまだお読みでない方は、以下のリンクからどうぞ!

あたりはすっかり暗くなっている。
校庭にはナイター設備の照明がすでに点灯され、4つのアーチを浮き上がらせていた。
 
赤組、白組、黄組、青組の、それぞれ10人ずつの「徹夜組」の男子が残って、最後の「アーチの仕上げ作業」を続けていた。今夜は、みんなも寝袋を持ってきて学校に泊まるんだ。
 
今年も「アーチ制作で泊まり」の許可は下りている。
優介が、体育祭の成功は、アーチの出来に左右されるんです、とかなんとか言って、教頭先生に申し入れてくれたお陰だった。
 
俺たちは、1階の職員室の隣にある放送室に寝袋を持ち込んだ。放送室は、これまで生徒会が「秘密基地」にしていた場所だ。
 
狭い放送室で、俺たち3人は自分の寝る場所をキープして、寝袋を広げたり夜食のスナック菓子をリュックから出したりしている。
 
ムックは、さっきから一言も口をきかずにしゃがみ込んでいる。
俺は、我慢できずにとうとう話しかけた。
「なんで黙っとるん? 何回もあやまったじゃろうが」
「ほっとけや、もうええわィや…… 和樹に頼んだ俺が、馬鹿じゃったィや」
「そがいな顔すんなィや……  俺だって、想定外の外だったんじゃィや」
 
窓際の低いロッカーの上にぽつんと置かれたお弁当の包みを、ムックは虚ろな眼でと見上げていた。
「……相沢妙子に、どう説明すればええんかのう?」
「正直に、事実を話すしかなかろうの……」
俺の背中から、優介が低い声で言った。
 
「で、どねえするん? この弁当?」
俺は、弁当の中身が気になっている。
「食べちまうのも、なんだかのう……」
ムックの声は、聞き取れない程小さい。
 
「でも、返すわけにもいかんし、腐っちゃうぞ。ここ、冷蔵庫ないし」
俺は、食べないほうがよっぽど気の毒な気がしていたので、そう言った。
 
「じゃあ、みんなで食べようや。和樹のもらった差し入れのサンドイッチもあるんじゃけえ」
優介は、そう言ってさっと立ち上がると、ロッカーの上のお弁当を取って来た。
 
お弁当を包んだチェックのハンカチの結び目を解いてみると、中には黄色い水玉模様の紙製の弁当箱が入っていた。
「へええー、ぶち、かわいいじゃん、これ!」
「ムックが黄組だから、黄色にしたんじゃの」
 
優介が、ゆっくりと蓋を開ける。
そのとたん、俺たち三人は、同時に歓声をあげた。
 
巻き寿司だ! 
きれいに切られた巻き寿司がお行儀よく三列に整列している。
海苔の黒、酢飯の白、卵焼きの黄色、キュウリの緑、かんぴょうの茶色、デンブのピンク。
俺たちは、複雑な思いのまま、その色鮮やかなお弁当をじっと見つめていた。
 
突然、ムックがさっと手を伸ばすと、巻きずしを黙って口に放り込んだ。なんだか涙ぐんでいるような複雑な表情だった。

巻き寿司だ!

もうとっくに午後十時を過ぎていた。
「さあ、もう一度、見廻りに行こうでェ!」
優介が立ち上がった。
窓から外を見ると、照明の向こうで、白組と青組の作業がまだ続いているように見えた。
 
俺は、Tシャツの上にジャージを着ながら、ムックを見た。相変わらず寝袋の中で不貞腐れて寝てやがる。
「おい、行くぞ、見廻り!」
「……るっせえなあ、わかっとるィや」
ムックが渋々起き上がった。
 
校庭に出てみると、思ったより風が冷たかった。
俺たち3人は、「なんとか戦隊なんとかジャー」みたいに横一列に並んで、コンクリートの階段を下りて校庭へと向かった。
 
校庭の黒い地平のなかに、ぼやっと白いテントの列が並んでいる。
その向こうには、巨大な四つのオブジェが、ナイター照明の光を浴びて浮かび上がっていた。
 
それらは、街のあかりを反射してぼんやりと浮かぶ灰色の雲をバックに、堂々とそびえ建っていた。ベイマックスとドラえもんの周りにだけ、白いジャージの人影が、忙しそうに動き回っている。
 
俺たちは、白組と青組のみんなと合流して、アーチの土台を固定するのを手伝ったり、ロープの結び目を確かめたりした。
作業をしながら、はしゃぎ回るのが楽しくて仕方がなかった。
 
ただ、ムックだけは、ペンキの缶を左手に下げて、あちこち歩き回っていた。わずかな塗り残しを見つけては、ひとりで黙々と塗っている。
 
「これで、完成じゃあー!」
みんなで円陣を組んで、三三七拍子で締めるころには、もう午前零時を過ぎていた。
「そろそろ、お開きにしようやあ…… 明日もあるけえね」
優介の一言で、解散となった。みんなは、満足顔で校舎へ引き上げていく。
 
優介、ムック、俺の3人は、みんなの後ろについて、校舎に向かって歩いていた。道路の街路灯のあかりが、桜並木の向こう側の金網沿いに点々と並んでいる。
 
「おい、プール、見に行こうやあ! ナイト・プールじゃ!」
唐突にムックが叫んだ。
「マジかよ、なんで、今さらプールなんじゃ?」
優介が、呆れた声を出した。
「急に、プールが見たくなったんじゃあや!」
 
ムックは、すっかり自分の企画に酔っているようで、声が高揚していた。
「賛成!」
俺は、ムックの思いつきに乗ることにした。
水泳部だったムックには、きっと特別な思い入れがあるんだろう。

プールが見たくなったんじゃあや!

俺たちは方向を変えると、校舎の横の渡り廊下を抜けて、プールにたどり着いた。入り口には南京錠がかかっている。
「乗り越えようや!」
ムックは、猿のように鉄柵の扉をよじ登る。
 
プールには、もう水は張っていない。
ブロック塀の向こうの街路灯の光で、長方形のプールが青白く浮かび上がっている。
空っぽの箱だけが、大きな口を開けて俺たちを迎えてくれた。水色のペンキが塗られたプールの底の隅には、茶色い枯れ葉が貯まっている。
 
「夜のプールって、ゾクゾクするのう」
優介は両腕を組んで、ブルブルっと武者震いをする。
俺たち3人は、プールサイドに佇立したままプールの底をぼんやりと見つめた。
 
「ムックは、県大会で100メートル自由形、優勝じゃったけえの!」
俺は、ムックの肩に手を置いた。
「部活も、生徒会も、よくやったよな……」
「ああ、もう悔いはないわあや」
 
「受験まで、あと3か月か……」
暗闇に、優介の低い声が響いた。
「ムックは、大学でも水泳やるんじゃろ? M大が第一志望だっけ?」
「ああ、M大の水泳部、伝統あるけえの!」
 
優介はムックに笑いかけながら、きっぱりとこう言った。
「俺は、H大の法学部へ行く。それから法科大学院に行って、弁護士になるんじゃ!」
 
「俺は…… 俺は、ようわからん……」
俺は、ホントに迷っていた。将来何になりたいのか、よくわからない。
 
「とりあえず大学に行ってみるってのも、アリなんじゃね?」
優介は、微笑みながらそう言ってくれる。
 
年が明けたら、3年生はほとんど学校には行かない。だから、いまこの一瞬は、かけがえのない時間だった。
 
「……みんな、ありがとな!」
優介が、夜空を見上げながらボソッと呟いた。
雲の端っこから、満月が半分顔を出している。
 
「俺は絶対、サヨナラは、言わんどー!」
ムックが出し抜けに大声で叫ぶと、プールサイドで「気を付け」をした。
両手をさっと上げると、次の瞬間、ジャンプした。
空っぽのプールの中に飛び降りたんだ!
 
両足で見事に着地したムックは、上半身だけ前に倒して、きれいなクロールで抜き手を切って「泳ぐまね」をしながら、プールの底を走り始めた。
薄暗いプールの底を、白いジャージの背中が逞しく進んでゆく。
 
俺と優介は、腹を抱えて笑った。
こんな子供じみた他愛もない振る舞いが、今宵は何故か物凄くウケたんだ。
笑いが収まると、お互いにどちらからともなく顔を見合わせた。
 
(やるか?)
(やる!)
俺たちも並んで飛び込んだ。
 
着地した俺は、プールの底で両手を前へ前へと限界まで伸ばし、平泳ぎのマネをしながら、ムックを追いかけた。
両手で思い切りグイっと水を掻くと、身体が前傾姿勢になる。
 
そのとき突然、俺は、本当の冷たい水の中にいるような幻覚にとらわれた。
チラチラと網目模様の光が、水の天井から降り注いでいる。
コポコポコポ…… と不思議な音さえ、頭の中に鮮明に反響していた。
 
おーい、待ってくれえや! ムック! 優介!
 
今この瞬間、俺たちの時間は、しっかりと「ピン止め」されたんだ。
まるで、壁のコルク板に貼りつけられた「モノクローム写真」のように……
 
                             (FIN)

チラチラと網目模様の光が、水の天井から降り注いでいる

尚、表紙のイラストは 優谷美和(ゆうたにみわ)|note さんのものをお借りしました。誠に有難うございました。

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