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☆学ぶことは『勉強』ではない!☆

「勉強はしない、させたくない」

 ぼく自身、『勉強』は大嫌いです。多くの生徒の皆さんは共感いただけるものと思います。「勉強」の「勉」や「強」はもともとどのような意味があるのでしょうか。皆さんはもう理解していますね!?
 ぼく自身、『学ぶこと』は大好きです。さまざまな分野について知りたいことがいっぱいあって、多くの知識をもっていたいと思っています。たくさんのことを知っていて、いろいろなことを理解していると、新しいことや出来事に出会ったときに、これってどうすればいいのかな、それってどういうことなんだろうと考えるときのヒントになるし、考えることがたのしくなります。

「学ぶこと」こそ…

 ものごとを考えるとき、何と言っても考えるための「道具」と「材料」が必要です。道具とは「考え方」「学習方略」(ときには「知恵」ともいうかもしれません)のことです。「材料」とは、もちろん「知識」(観点別評価でいうところの「知識・技能」と考えると分かりやすいかもしれません)のことです。前者は、一つでも自分のモノにしてあればいいかもしれません。しかし、後者は、少しでも多くのことを身につけている方が好ましいでしょう。
 このことから、ぼくは、皆さんに“いっぱいいっぱい”学んで欲しいと思っています。そのためには、「学ぶこと」を嫌いになっては続きません。だからこそ、「学び」をたのしんで欲しい、「学びの愉しさを感じながら学んで欲しい」と思っています。そこで、無理にイヤイヤ「勉強」して学びを嫌いにならないように、仲間といっしょに愉しみながら学ぶ、協力して学ぶ、さらに、協働することで学びは広がり深まることを感じる…そんな学びの場を創っていきたいと常に考えています。

「学びの場」を創る

 上のことを達成するためには、ぼくだけの力では何ともなりません。授業参加者みんなが協力してくれることが肝要です。幸いなことに、いま札幌日大の中学2年生は協力していっしょに学ぼうとする気持ちがあふれているように感じます。ぜひぜひ、その今の気持ちを忘れず、前向きに学びを進めてください。ぼくが教室でするべきことは、皆さんが積極的に発言して学びを拡げ深めるそのような「学びの場」を創ることです。その後は、皆さんが進んでいっしょに学ぶこととなります。

学ぶのは…

 たとえ、ぼくの授業がどのようなもの(ダメな授業/すばらしい説明)であっても、この先の学びは、皆さんが進めるものです。ぼくは、学びの場を創り、ファシリテートすることに徹していきたいと考えています。“学びを拡げ深める主役は生徒の皆さんであって、教師であるボクではない”…ここのところを共有して「学びの場」を創り、運用していきたいと思っています。それでは、いっしょに学び、いっしょに成長していきましょう!

☆上記は、4月発行の学年通信のコラムとして掲載されたものです。

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