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「凍」沢木耕太郎

あんなに山ばっかり行ってたのに、大学を卒業して数年は
「なんであんな辛い思いをしにわざわざ山に行ってたんだろう。
山で年越しする人の気がしれないわ」と、山に恩返しするどころか
恩を仇で返すような発言をしていた時期がある。

それが、急に山に登りたくなった。娘と友達と行った「お手軽」な山を
勝手に自分たちで過酷にして、体はボロボロ(私と友達)、帰りの岩盤浴でどうにか救われたものの痛めた足が復活するのに1年ぐらいかかった。
ただそれをきっかけに山熱が復活。「山に登る」映像、映画、本
全てにまた私のドアが開かれた。
基本「全か無」タイプの人間だ。やるといったら全部やる全部好き
やらないと言ったら全部やらない全部嫌い。
どんな分野でもそんな感じなので、山に対して閉じた扉は固く全ての情報をシャットアウトしていたけれど、開いた途端、昔みたいに「全ていらっしゃい」状態になった。
そうして山に関するドキュメンタリーや映画を山ほど見るようになり
それに伴い原作となった本もかき集めて読むようになった。
昔「山LOVE」時代に集めた新田次郎さんの本も引っ張り出してきて読んだ。
映画エベレストに至っては何度見たかわからない。
もうだいぶ読みつくしてたある日、NZ旅行のお供に持って行った沢木耕太郎さんの「深夜特急」(友達から20年前に借りたもの)。これが面白くて「どうして友達が貸してくれたか」やっと合点がいった。と同時にやっと読み終わったから友達に返そうと思い、さすがに旅行のお供にした本を返すわけにはいかないからアマゾンで深夜特急を検索していたら、沢木さんの「凍」という本が出て来た。山の本だった。深夜特急はとりあえず保留にして「凍」を先に買った。

山野井泰史さんと妙子さんご夫婦が二人でヒマラヤのギャチュンカン峰を目指すというもの。
エベレストなどの高山の登山方法として、極地法とアルパイン法があるらしい。大所帯で行きベースキャンプを少しずつ上にあげ、頂上近くなったらより近いキャンプから頂上アタックをするもの。荷物は多いし、それに伴い荷揚げの人員、ルートを作る人手なども必要。その場の状況でアタックする人が決まるので「全員が全員で登れるわけではない」がデメリット。
アルパイン法は一人か二人の小人数で極力荷物を少なくし、キャンプを出発して頂上を目指してしまうもの。場合によっては登っている途中で
ビバークというものが必要になる場合もあるが、それは岩に楔みたいなものを打ち付け二人が座れるのがやっと、程度のキャンプを吊るしてその中で一夜を過ごす、そして夜が明けたらまた出発するのだ。
山野井夫婦は元からソロで山に登る二人で、そもそも極地法は性に合わないらしく、厳しいギャチュンカンに登ると決めても「二人で行く」ことに揺らぎはなく、二人+シェフの一人と山の麓にむかった。頂上アタックの日が近づくにつれ天気は悪化。予想以上のビバークが必要になった。
高度順化が苦手な妙子さんはほぼ食事をとらずに行動。体調も最悪で妙子さんは途中自ら「これ以上行っても自分は登れない」と判断。泰史さんだけアタックに成功して帰って来るものの帰り道がこれまた困難の連続。
果たして彼らの手足は凍傷で指を全て切断しなければならないような状況で
命からがら降りて来た。

という話が、淡々と描かれていた。
登山は男社会で「山登りとは」「男とは」みたいな話を昔よく聞かされたが
今はどうなのかな。
ただ、この山野井夫妻に関してはそんなの全く関係のないところにいる感じがした。とにかく二人は飄々としているのだ
記録に挑戦するわけでもなく、ギャチュンカンも標高で言えば秀でているわけではないのだけれど魅力があるから登る、別に初登攀にこだわるわけでもなく、こっちの壁の方が美しいから登る、みたいなスタンスなのだ。
妙子さんはこの山の前の登山でも凍傷で指をなくしているが今回で更に失った。にも関わらず帰って来たら「包丁握れるかなーー」みたいな気持ちで家事をする。
淡々としていて、夫を支える!とかまた山に登るぞ!とか
なんとなく「!」このマークが似合わなさそうな女性。
でもフリークライマーとして一人者の山野井さんが一目も二目もおく人物だ。

田部井淳子さんを題材にしたフィクション(淳子のてっぺん)を読んだ時も思ったけれど、真の登山家は「男は」「女は」「山とは」とか
言わないんだな・・と思った。
何事においてもそうなのかもしれない。
ただそこにある山に登るために何が必要か、私に足りない物は何か、
登れなかったら次に登る、ただ登って降りて、日々の生活を淡々と送る。
スペシャルなことではなく、自分たちの道の延長上に山があるだけ、という
スタンスが本当に素敵だった。

と、他の本を読んでいる場合ではない。
友達に深夜特急を返さねば。

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