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言わずもガーナ_48_末端までHarmattan

2024年2月、ガーナ――

ぼく「ごほっごほっ、なんか空気悪くない?」
同僚「てめえのプロジェクトが一向に進んでねえからだろうが!」
ぼく「いや、そういう心理的な『空気』の話じゃなくて」

2月、ガーナは乾季の真っ只中である。
遠くサハラ砂漠から赤道に近い西アフリカ諸国へと貿易風が吹き込み、大量の砂塵が運ばれる。
例年この時期のガーナは深刻な大気汚染に見舞われることで有名であり、今年の「世界大気汚染ランキング」でも2位のデリーにほぼダブルスコアをつけて堂々のワースト1位となった。

Air Quality Index


なお、ぼくのプロジェクトの遅延はそんな大気の状態とまったく関係ない。
ぼくは教頭に呼び出されて進捗が悪いと怒られ、OB会にも進捗が悪いと怒られ、方々に頭を下げて回っている。
ガーナ人にタイムマネジメントを説教される日本人というのも、なかなか見ない光景じゃなかろうか。

遅れの原因は業者の選定にあった。
撮影スタジオをつくっていくにあたり、まずは出入口にバーグラーバー(鉄格子)を設置してセキュリティを確保し、その上で機材等を搬入していく必要がある。
ぼくはOB会から予算をもらい、学校敷地内にある工務店(用務員さんみたいな存在)に依頼したが、これが失敗だった。

ぼく「あー、注文から2か月くらいかかってるんだけど、もうすぐ終わる?
業者「工事に使うドリルを知り合いに貸しちゃっててサア!」
ぼく「(1か月後)ドリル都合できた? もう出来るよね?」
業者「担当者が急病にかかっちゃってサア!」

半ば身内のような業者さんに強く言うわけにも、注文を取り消すわけにもいかず、自由競争資本主義経済の輝かしさを羨むばかりであった。

このドアにカギを付けた上で鉄格子を設置したい。
スタジオ候補地は生徒の秘密基地めいた場所になっていたので、申し訳ないが残置物を撤去していく。

この間、ぼくは関係者からの怒声に耐えながら乾季の厳しさとも戦っていた。
自宅の水道は一週間に一回流れればいいほうだ。
バケツをいくつも買い込んで大量の水を溜めこんでいるものの、日に日に貯水量は減っていくばかり。
自炊はやめてストリートフードを買ったり、水浴びをしない日があったり。
やることもないので読書に勤しむ。

蛇口ひねっても愚痴しか出ない。
なんてギャグを言いにガーナに来たわけではないのだけれど。

そのうちに『被抑圧者の教育学』と『黎明期のウイルス研究――野口英世と同時代の研究者たちの苦闘』と『坂の上の雲』と『資本主義と奴隷制』と『テクノロジーは貧困を救わない』を読み終わり、『史的システムとしての資本主義』も半ばに差しかかったころ、ようやく工務店から連絡がきた。

バーグラーバー(鉄格子)がついた。
机を入れ替えたりはするものの、ひとまず手作りスタジオの完成!


砂塵にまみれライトグレーに染まっていた空も、最近は少しだけ青色が見えるようになっている。
家の蛇口はうんともすんとも言わないけれど、珍しく短い雨が降ったのでぼくは外に出て、雨水で髪を洗った。

 ある年、雨期がこなかった。
 それは並はずれたおそろしい出来ごとで、この年をどうやら生きぬいた農園主には一生涯忘れようにも忘れられない。この体験を経た人は、アフリカを離れて長くたった後も、北欧の湿った気候のなかで暮しながら、夜なかに俄か雨の降りだす音をきくと、衝動的に起きあがって叫ぶ。「とうとう降ってきてくれた!」

イサク・ディネセン『アフリカの日々』


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