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私を私たらしめるもの

山深く、空に近い場所に行きたくて
娘と一緒にバスに乗って出かけた。

山道の中、いろんな風景が通り過ぎていく。
隣同士に座った私と娘は、一緒に外を眺めていた。

そびえる山々にうっすらと雪が積もっている風景。
風にたなびく木々と草花、ちぎれゆく雲。
川と、岩たちと、木々と、動物の気配。

そんなものを見つめながら、
あえて娘には声をかけなかった。

ふと、彼女の視線の先を見る。
2人とも同じ窓の外を見てはいるけれど、
見ている先の風景はきっと、同じものではない。

娘から目を離し、また、流れ去る風景に意識を戻すともなく戻していく。

「あぁ、また、だ」

理由も分からず、胸の辺りがきゅううっと
切なさで締め付けられる。
愛おしく、愛(かな)しく、鼻の奥がツンっとする。
ナニなのかは分からない、ナニかの思い出せない記憶。
悠久の時を経て、今でも変わらずに在るのは、
ただ、この空と、雲と、山々だけ。

その時、思うともなく思ったんだ。

誰といても、どこにいても、何をしていても。
同じ風景を見ていたとしても。

その風景を見ているときに感じる、
胸の内で湧き上がる、この感覚や想いの渦。
これは。これだけは。
誰にも分かち合われることはない。
ただ、私だけのもの。
分かち合えないということは、
つまり奪われることもないということ。
私だけが、大切に抱きしめることのできる、
失われることのない、愛おしいモノ。

そう思ったとき、
バスの中にもかかわらず、急に
頬を涙がつうっと伝っていった。

なぜ泣いているのかも分からず、
ただ、切なさと静かな喜びで
満ち満ちて。



その後、目的地にたどり着いた。

いつも、この場所に来ると
なぜかとてつもなく切なくて苦しくて
言葉で形容しようのない想いが溢れてくる。

すると、自分の目の前に
初老というにはまだ少し若い女性が立っていた。

彼女も、この景色を眺め、
進もうとしてはナニかに引き留められるように
また足を止めて、ただ、その景色を感じていた。

彼女の目には涙があったのだろうか。

なぜか分からないけれど。

「同じモノを見て、同じことを感じている」

そう確信した。

声は、かけなかった。
でも、嬉しかった。

ほんのさっき、バスの中で
自分のものだけだというこの感情が嬉しかったのに
今は、この目の前のヒトにも
見えているのかもしれないことが
言葉にできず、嬉しかった。

矛盾。

その矛盾さえ、愛おしく。

そんな、初雪の日の、記録。

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