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決して揺らぐことのない醸造哲学をもつ蔵元たち

4月20日に私がライターとして取材・執筆している日本酒の業界誌『酒蔵萬流』32号が発行された。

▼酒蔵萬流についてはこちらから▼

私の今号の担当は、
●今西酒造(奈良県)「みむろ杉」「三諸杉」醸造元
●川西屋酒造店(神奈川県)「丹沢山」「隆」醸造元
●天理すぎ乃 本店(奈良県)

※今西酒造に推薦していただいた飲食店
(敬省略)

今西酒造、川西屋酒造店、まったくタイプは異なるが、どちらもしっかりとした「醸造哲学」を持って酒造りをしている酒蔵だった。
取材の裏話など、今回も少しご紹介する。


●今西酒造(奈良県)「みむろ杉」「三諸杉」醸造元

ついに、ついに、この日が来たのだ。大好きな「みむろ杉」を醸す今西酒造さんを取材できる日が!!

実は約6年前に、懇意にしていた酒販店さんのお誘いで、今西酒造さんを見学させていただいたことはあった。
その少し前から「みむろ杉」は好きだったので、その時も嬉しかったが、あの頃は、まだ全国的には無名に近い酒蔵。蔵の設備もまだ入れ替えの途中で、手探りで(しかし、信念を持って)酒造りをしている感じだった。

それが、この5~6年の間にどんどん酒質は上がり、それに伴って全国的に人気も上昇し、2019年には国内外のコンテストでいくつも賞をとるまでになった。今や『dancyu』に特集され、次世代を担うと期待される酒蔵に成長。

何よりすごいのは、「毎年変わらずおいしいこと」だ。
こう言うと向上していないように思うかもしれないが、そうではない。
人は同じ味だと「味が落ちた」と感じるらしい。つまり、「毎年変わらずおいしい」と思えるということは、確実に「毎年、酒質が向上している」ということなのだ。

こういう仕事をしていると、よく「おいしい日本酒を教えてください」と言われる。そんな時、私は必ず「みむろ杉」をおすすめする。
なぜか。
絶対に裏切られることがないからだ。
この間飲んだ時はおいしかったのに、今回はイマイチだ、なんてことは、絶対にない酒なのだ。そういう信頼がある。

では、この「信頼」はどこから来るのか?
私は今回の取材でそれを探りたかった。そして、その答えを得た!

蔵元の今西将之社長は、最初にこんな話をしてくれた。
「今西酒造には醸造哲学があります。それは、『清く、正しい、酒造り』です」

「清く」というのは、酒の神様といわれる大神神社があり、日本酒発祥の地ともいわれる「三輪」という地にある唯一の酒蔵として、この三輪という土地の清らかさを表現するということ。
そして、「正しい」というのは、酒造りのすべての工程において「正しいことしかしない」ということだ。

この「正しいことしかしない」というところに、私は自分が知りたかった「信頼」があるのを感じた。
たとえば、「米を洗う」という工程。これは「米の糠を落とすこと」が目的だ。ならば、大量に洗うより、10kgずつ小分けにして洗ったほうが確実に米糠が落ちる。これが今西酒造の言う「正しいこと」だ。
10kgずつ洗うためには、まず10kgずつ米を分けるという作業も発生する。洗った後は「浸漬」という工程があるので、それも10kgずつやることになる。大変な労力が必要な作業だ。
だけど、「人の労力」や「時間」など関係ないのだ。すべての判断は「正しいかどうか」それだけだ。

これは一例で、先述したように「すべての工程において」この醸造哲学に基づいて作業していくのだから、気が遠くなるほど大変だ。これ以上は無理というところまで手をかけている。
今西社長は一切の妥協を許さない。

「命を賭けて酒造りをしている」
私は生まれて初めて、蔵元からこんな言葉を聞いた。
そんな酒がおいしくないわけがない。

穏やかな香り。フレッシュで米の旨みが広がるきれいなお酒。
これが今西酒造の目指す「みむろ杉」だ。
そして、まさにこのとおりの酒になっている。

もう一つ素晴らしいのは、今西酒造のゴールはここではなかったことだ。
今は次のステージを上り始めている。
酒の神宿る「三輪」という土地を表現するために、三輪山にゆかりのある吉野杉で造った木桶を使い、奈良に伝わる「菩提酛」という仕込みで、新たに「みむろ杉 木桶菩提酛」をリリースしたのだ。

左は私の好きな「DioAbita」、右が木桶菩提酛(箱入り!)

現在、今西酒造にある木桶は4本。木桶はそれぞれの個性が出るので、その個体差を楽しめる酒になっている。
(私も買ったが、もったいなくてまだ飲めてないのよ~)

それから、後日談になるが、嬉しかったことがあった。今回の記事について、今西社長からメールをいただいたのだ。

「素敵な文章を書いてくださりありがとうございました!
素晴らしい内容にしていただき感謝です」

えーん。
ちょっと泣いちゃったよ。
夫に見せると、「これをアテに酒が飲めるな」と笑っていた。
マジで飲めるし(笑)

まだまだ進化する「みむろ杉」。本当に今後が楽しみで仕方がない。


●川西屋酒造店(神奈川県)「丹沢山」「隆」醸造元

「丹沢山」も「隆」も、関西に住んでいると、なかなか出会うことのないお酒だ。それでも「隆」は何度か飲んだことがあった。
「丹沢山」は今回取材に行くということで、取り寄せて、初めて飲んでみた。
いろいろ調べてみると、おすすめの飲み方は「60℃まで温度を上げる燗酒」とのこと。実際やってみたが、確かに温度を上げることでまろやかになる、おいしい酒だった。

取材に行き、蔵の中に入ると、蔵元の露木雅一氏は語り出した。
なぜ純米なのか。
なぜ燗酒なのか。
平安時代に飲まれていたお酒の話から始まり、純米燗酒の素晴らしさを熱く語る。私はただその話に引き込まれていった。

私はこれまで全国100社くらいの蔵元を訪ねて取材して、その中には
「酒は純米。燗ならなお良し」
という名言を残された上原浩先生(酒造技術指導の第一人者。『夏子の酒』の上田久先生のモデル)を慕い、指導を受け、その技術と想いを引き継いでいる蔵元さんが大勢いることを知った。
露木氏もその一人だ。
だから、「丹沢山」は純米で、燗にしておいしくなるように設計されて造られている。

「香りの出る酵母でごまかしている酒は、冷酒なら飲めるが、燗にはできない。燗にした時に味が出るお酒は麹をしっかり造らないといけない」
そんな信念と醸造哲学に基づいてお酒を造る。
手作業が多く、丁寧に造られていることは、見ているだけでわかった。

露木氏はとてもおしゃべり好きで、何を聞いても気持ちよく返してくださる方で、取材はなんと5時間に及んだ。(その後、昼食をご一緒し、そこでも1時間話された)
それくらい発信したい「想い」があるのだ。

特に燗酒について語る時は、目が輝く。
燗酒というのは、料理で昆布やかつお節から「出汁」をとるようなものだ、と話されていたのが印象的だった。
しっかりとした麹で造ったお酒なら、ゆっくりと温度を上げていくと、まるで昆布やかつお節からじわーっと旨味エキスが出てくる時のように、お酒の旨味が開いていくのだという。
だから、一気に温度を上げてはいけない。湯煎で、じっくり、ゆっくりと、旨味を出していく。
一般的な燗酒は40℃~50℃くらいだが、露木氏の造る酒は60℃まで上げても味が崩れない。それどころか米の旨味が存分に出るのだ。

この話を聞いた時、燗酒というのはとても豊かなものだなと感じた。
私も燗酒は好きなのだが、案外家ではやらない。なぜなら時間もかかるし、道具も必要だし……。そう、はっきり言って面倒だからだ。
瓶から直接、おちょこに注いですぐに飲める冷酒のほうが手軽だから、ついつい冷酒で済ませてしまうということが多い。
道具をそろえ、ゆっくり時間をかけてお酒を湯煎し、料理をこしらえて、お酒と料理を楽しむ。なんて豊かで素敵な文化なんだろう。
これを忘れてはいけないと、露木氏の話を聞いて改めて思った。

私が知るところ、燗酒が好きな蔵元さんは、おいしいものを食べることが好きだ。露木氏も地元・小田原の海で獲れる魚介のことを、相好を崩して話してくれた。
「小田原は鯵や鯖がおいしくてね、冬はシメ鯖をネギがたっぷり入った辛子醤油につけて食べる。トロみたいに口の中で溶けて、そこに純米燗酒を飲むと、米の旨みが膨らんできて、辛口でスッと消えていく。これをやると、もう一口、もう一杯って、止まらない。クセになる。これが本来の日本酒ですよ」
聞いているだけでよだれが出そうだった。
いいなぁ、シメ鯖と燗酒!

「白飯」のように毎日飲んでも飽きないお酒を目指していると話していた露木氏。
こちらも絶対に揺らぐことのない信念と醸造哲学をもって酒造りをされている蔵元さんだった。

▼酒蔵萬流31号の話はこちら▼

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