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「義侠」という酒のカッコよさ ~『酒蔵萬流』33号振り返り①

7月20日、私がライターとして執筆している日本酒の業界誌『酒蔵萬流』33号が発行された。

▼酒蔵萬流について詳しくはこちらから▼

今回も担当した記事の振り返りを書いておこうと思う。
ちょっと長くなるので、1記事1蔵ずつ……。


★山忠本家酒造(愛知県愛西市)『義侠』醸造元

『義侠(ぎきょう)』という酒がある。
米の旨みたっぷりで厚みがあり、濃醇。けれど、決して雑味はなく、きれいで品格すら感じる。
現在、酒蔵を経営するのは11代目の山田昌弘社長。今年40歳を迎える、まだ若い蔵元だ。
『義侠』の銘からイメージできる通り、酒も、造り手も、男気にあふれている。

4月上旬、私が蔵を訪ねたとき、すでに今年の酒造りは終わっており、設備にはビニールが掛けられ、蔵の中はがらんと静まり返っていた。
できれば酒造り中の活気ある様子を見たかったが、蔵元自ら酒造りに入っているため、醸造期間中の取材はNGだったのだ。

山田社長は酒造りの様子をこちらが想像しやすいよう、丁寧に言葉をつむいで説明してくれた。
興味深かったのは、「手作りの設備が多いこと」だ。
年間の製造数量は約400石(一升瓶で4万本)という小規模な蔵ならではだが、米を洗う設備ひとつとっても、ホームセンターで購入したスプリンクラーを利用したり、桶を置く台を手作りしたりと、蔵人たちの創意工夫が感じられるものだった。

日本酒を造る工程では、最初に「米を洗って浸漬する(米に水分を吸収させる)」という作業があるのだが、最近は小型でバッチ式の性能の良い洗米機(MJPタイプ)が普及していて、多くの小規模な蔵ではその洗米機が使用されている。少量ずつを気泡で洗うため、米糠がよく落ちるのだ。
その洗米機が出回るまでは「手洗い」が一番きれいに洗えると言われていて、「うちは大吟醸だけは手洗いです」と言う蔵元も多かった。だが、MJPタイプが出回ることにより、大吟醸もすべて洗米機で洗うようになり、むしろ「手洗いよりきれいに糠が落ちる」というのが定説になっていた。

だから、山田社長が「うちは全量を手洗いしています」と言ったとき、とても新鮮に感じたし、びっくりしたのだ。「全量手洗い!」とバカみたいに繰り返す私。これまで100蔵くらいを取材してきたが、「全量手洗い」は初めて聞いたかもしれない。

当然、「なぜ?」と疑問が湧く。ぶつける。
「最近、MJPタイプの洗米機を導入されている蔵が多いですけど、そういうことは考えなかったんですか?」
すると、山田社長はこう言った。
「MJPはきれいに洗えるというけれど、『きれいに洗うこと』が果たしてうちの蔵に必要なのか、ですよね。どの設備を入れるか、どういうやり方をするかというのは、『どんな酒を造りたいか』によって変わると思うんです」

この言葉にハッとした。
あまりに多くの蔵元から「米をきれいに洗うことが大切」「米の糠落ちが変わると酒の味も変わった」と聞いてきたので、いつの間にか私は、「良い酒」を造るには「米糠をきれいに落とすことが必須条件」だと思い込んでいたのだ。

山田社長は続けた。
「うちが造りたい酒は、米を溶かして味をしっかり出した酒。だから、『きれいに洗いすぎて』リンやカリウムまで流して発酵力を弱めたくないんです」
自分たちが求めるちょうどよい洗い方をし、そして、秒単位での吸水を実現するには、「機械より手作業のほうがやりやすい」のだと説明した。

そして、取材を進めるにつれ、この考え方は洗米に限らず、全工程に共通していることを知る。
まず、「造りたい酒」がある。
それをカタチにするために必要だと思うことを取り入れる。
「昔からやってきたので……」とか「これが一般的なので……」とか、そういうあやふやものはこの蔵には一切なかった。
さらに、それが「進行形」なのだ。毎年毎年、何かを変え、検証し、必要であれば取り入れる。去年より今年、今年より来年、少しでもおいしい酒を造るために。

山田社長は蔵を継ぐことになったとき、自社の酒を飲んでこう思ったという。
「僕がこれからやる仕事は、一生かけても終わらない仕事なんだろうな」と。

か……かっこいい~!!

こんな言葉に出会えると、ライターとしての私はもう興奮が止まらなくなる。頭の中で勝手に文章が組み立てられ、物語ができあがる。
『義侠』という酒も、山田昌弘氏という人物も、私の中で特別な光を放ちながら一気に動き出す。
「この瞬間のために、書いている」と言っても過言ではない。久しぶりに「良いものが書ける予感」にぞくぞくした。

その他にも、兵庫県東条地区で栽培される山田錦を使い続けることの意味や、「酒造りはチームでやるもの」と、「チーム義侠」を掲げて全員で取り組む姿勢などを聞くにつれ、私はどんどん「義侠」のファンになっていた。
そして、できることなら先代にもお会いしたかったなと思った。先代の山田明洋氏は2019年に亡くなられていたのだが、今の山田社長があるのは「先代の生き様」があったからだとつくづく感じたからだ。

自分が思う“カッコいい大人”の要素を羅列してみたら、それを一番満たしていたのが父でした。だから、20歳になって人生を考えた時、父を超えられる人生を送れたら絶対楽しいだろうなと思って」
蔵を継ぐ決意をした理由をそんなふうに語ってくれた山田社長。
こんなカッコいい人が「一番カッコいい」と思うお父さんって、一体どれだけカッコいいねんな……。
でもこれは決して息子のひいき目ではないようで、酒販店や飲食店、もちろん消費者の中にも「義侠」の熱烈なファンというのはいて、それは酒の味だけでなく、先代の人柄や姿勢に惚れ込んで、という人が多いようだ。
その生き様を綴った『畢竟の酒 「義侠」の真実(著:浅賀祐一)』という本まで出版されている。

また、今回、山田社長推薦の飲食店も取材させていただいたのだが、その店の店主(女性)はほとんど日本酒など飲んだこともなかったのに、初めて「義侠」を飲んでとりこになり、普通の専業主婦から「義侠の飲める店」を経営する女将になったのだという。
名古屋市にあるこの店、「日本酒処 華雅」は「義侠」の品揃えでは日本一だ。
「義侠」とは、そんなふうに、人の人生を変えるほどの力を持つ酒でもあるのだ。

特に魅力があるのは、新酒よりも熟成酒のほうだと思う。この蔵ではかなり昔からブレンド熟成酒にも力を入れてきた。
たとえば「慶(よろこび)」という商品なら、最高品質の東条産山田錦を40%まで磨いて造った酒を3年以上、瓶で低温管理しておく。そこから10種類程度を選び出し、何通りにも組み合わせ、最終的に350種類ものブレンドサンプルを作るのだ。それをきき酒して組み合わせを決め、今度は四合瓶でのサンプルを作って寝かせ、きき酒だけでなく飲み込んでの味わいも確かめたうえで、ようやく1種類の組み合わせを決定し、商品化するという。

この話を聞いた時、あまりの手間のかかりように驚き、ちょっと信じられなかった。ここまでするのか……。
「妙(たえ)」という商品なら、東条産山田錦を30%まで磨き、5年以上熟成させたもので、同じく手間をかけたブレンドだという。
自分があまり熟成酒に興味がなかったのと、比較的値段も高いので(といっても、ここまでの手間をかけていて12000円くらいなので安いものだ)まだ飲んだことがないのだが、この話を聞いて「これは一度飲んでみないと、義侠は語れんなぁ」と思った。(近いうちに必ず飲んでみる!)

山田社長は「義侠は決して万人受けする酒ではない」と言う。でも、それでいいのだと。「100人いたら、1人か2人くらいにとって『なくてはならない酒』でありたい」と。
そんな潔い言葉がまたまっすぐに私の心に響いて、蔵を出る時にはすでに「義侠」は私にとって、「なくてはならない酒」になっていた。

「義侠」は瓶を新聞紙で巻いているのも特徴。先代の頃は今のように流通が整っていなかったので、先代が日光を避けるために新聞紙を巻いて出荷したのが始まりとのこと。今はきちんと管理された状態で運ばれるので必要ないが、「義侠」といえばこの新聞紙ということで、今も巻き続けている。このエピソードだけでも、どれだけ自分の酒を大事に扱っていたかがよくわかる。






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