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WEBディレクターの夫がビールの会社を立ち上げた理由

10年ほど前になるだろうか。夫が「お酒の仕事がしたいなぁ」と言い出した。
夫はマーケティングや広告制作の仕事をしている会社員だ。
わかりやすく言えば、大手家電メーカーを中心に、企業のWEBサイトや広告の制作、販促イベントの企画などを行っている。
「なんでお酒?」と聞くと、「家電のことを何年もやってきたけど、そこまで家電のことを好きになれなかった。お酒は好きやから、本当に自分が好きなものに関わりたい」と言う。

その気持ちはわかる。
私もライターとしていろいろな業界のことを書いてきたが、やはり日本酒が好きなので、日本酒のことを書いている時が一番楽しいから。

でも、「お酒の広告がやりたいの?」と聞くと、「ううん、お酒造りたい」と言う。これは意外だった。
「じゃあ、転職して酒蔵に入れば?」と言うと、「そうやなぁ」とちょっと真剣に考えていた時期もあった。

しかし、そんな想いなど簡単にかき消されるほど夫は忙しかった。「忙殺」と言う言葉がふさわしい日々。帰宅は毎日日付が変わってから。終電に飛び乗って帰って来る。だから、コロナ禍でリモートワークになるまで、結婚してから平日に一緒に夜ごはんを食べたことは数えるほどしかなかった。

夫は社歴と共に少しずつ出世していった。チーム長になり、年々部下が増え、気づいたら制作のプレイヤーではなく、ディレクションや営業に近いことばかりするようになっていた。大きな仕事も任されるようになり、社長や副社長からの信頼も得られるようになった。
いつの間にかもう「お酒の仕事がしたい」とは言わなくなっていた。

その代わり、「メーカーになりたい」と言い出した。どこかの企業が造った製品が売れるためのお手伝いではなく、「自分で造ったものを自分で販売できるようになりたい」と。
私は夫に何でも好きなことをやってほしいと思っていたし、夢を持って生きてほしいと思っていた。でも、その時は具体性が乏しかったので、何もイメージすることができず、「ふうん」という感じで聞き流していた。

それが、2年前から急に「自分でクラフトビールを造って売りたい」と言い始めた。「お酒の仕事をしたい」「メーカーになりたい」の両方が融合し、ついに具体性が出てきたのだ。
その頃、ちょうど私の友人も京都でクラフトビールの会社を立ち上げるために動き出していた。彼女を応援しながら、私まで便乗して、一緒にビールの醸造を学んだり、クラフトビールの会社に見学に行ったり、研修まで一緒に受けたりしていたところだった。
私が彼女の話をするので、その影響もあったと思う。夫はビールの醸造やクラフトビールの現状についていろいろ私に尋ねてくるようになった。

ちなみに、この時私が便乗させてもらっていた友人は、1年経たずに祇園ビールという会社を立ち上げ、2023年3月に京都・烏丸にクラフトビールの店「Ale GION BEER KYOTO」をオープンした。外国人のお客様を中心に毎日たくさんのお客様をお迎えしている。

夫も本格的にクラフトビールの会社を立ち上げるために動き始めた。
夫の会社では新しい分野への挑戦や新事業を支援する制度があるため、会社の幹部を動かそうとしたのだ。企画書を作成し、プレゼンし、見事に会社からの支援を勝ち取った。会社自体がクラフトビールという新たな業界へ参入し、新事業を推進していくことが決まったのだ。
この新事業は子会社化し、夫がその代表を務めることになった。

社名は株式会社funs brewing(ファンズブルーイング)。夫を中心に、社内のビール好きが集まり、新事業はスタートを切った。

これまでのマーケティング事業もやりながらの二足のわらじ。大変な一年だったが、彼はとにかくいつも楽しそうだった。社内のメンバーも協力的で、やっぱり「ものづくりが好きな人たちの集まりなんだな」ということを感じさせられた。

横で見ていて、ようやく夫が「メーカーになりたい」と言っていた意味がわかった気がした。
人がつくったものの魅力を伝えること、たくさん売れるお手伝いをすること、お客様の会社のブランディングをすること。それは確かにやりがいがあり、楽しい仕事だ。私もライターとして同じことをしているので、その楽しさはよくわかる。
だけど、自分でつくったものを、自分たちで工夫して、あれこれ知恵を絞って売ること。クライアントの想いを伝える代弁者ではなく、自分たちの熱い想いを商品に乗せて消費者に届けること。
それは、もともとものづくりが好きな人間にとったら、たまらない喜びなのだろう。

もちろん、単なるビール好きが集まって立ち上げた会社にするつもりはなかった。自分たちの強みはマーケティングだ。市場のニーズをリサーチし、商品の魅力をカタチにして伝える力だ。
それをしっかり生かし、まずはクラフトビールのリサーチから始めた。
特にインバウンドをねらい、外国人の好みを調べるため、外国人の方にアンケートや試作品を飲んでもらうテイスティングも行った。

会社のスローガンは『おもしろき世界を醸造しよう』
日本の魅力をクラフトビールに乗せて伝え、日本を盛り上げていくお手伝いをしようと決めた。
そこで、ビールの副原料に日本酒の酒粕を使用し、清酒酵母で醸し、「日本食専用ビール」をコンセプトとした。
現在はまだ醸造所を持たないブルワリーで、信頼できるブルワリーに委託し、自分たちの要望に合うものを造ってもらっている。
そうして試行錯誤の末にできたのが、「酒の花」シリーズだ。「天ぷら専用ビール 酒の花SAISON」「焼き鳥専用ビール 酒の花PaleAle」「カレー専用ビール 酒の花sessionIPA」の3種類が完成した。

これまで3回イベントで反応を見たが、なかなか好評だ。私も味見したが、おいしいクラフトビールだ。日本酒の吟醸香もほんのり感じられる。
まだ公式サイトと数店舗の飲食店でしか買えないが、大阪の高級天ぷら店で扱ってもらえることが決まり、その他もこだわりの酒販店やホテルのラウンジなど、取引を交渉中の案件も多数ある。

さらに夫は「酒の花」と「日本食」のペアリングを楽しめる空間を作りたいと、直営店のオープンに向けて動き始めた。
不動産屋さん巡り・内覧、酒類取り扱いや飲食店経営のためのさまざまな資格取得と研修、デザイナーや内装業者とのやりとり、店舗スタッフの採用・教育、メニュー開発、公式サイトやチラシ、パッケージなど販促物の制作、酒販店や飲食店への営業……。商品作りの他にもやらなければならないことは山のようにあり、毎日は忙しく過ぎていった。

そして、いよいよ10月1日に大阪・堀江に直営店「funs brewing BEERHOUSE OSAKA」をオープンすることが決まった。(堀江でピンとこない人は、心斎橋、アメリカ村の近くと言えばわかりやすいかもしれない)
今はプレオープンの準備で毎日朝から出かけ、終電で帰宅。コロナ前の日々を思い出した。家にたどり着くと泥のように眠っている。でも、こちらが羨ましくなるほど楽しそうだ。
社内のメンバーや新たに採用した店舗スタッフたちも、やる気に燃えているという。

この1年、そばで見ていて私が思うこと、そして彼自身も言うことだが、何かに挑戦しようと思ったら、自分一人が努力するだけでは成し遂げることは難しいということ。まわりの人たちの協力が不可欠だ。
この事業に関しても、立ち上げメンバーはもちろん、ロゴやサイトを制作してくれたデザイナー、不動産屋を紹介してくれた馴染みの飲食店の店主など、いろんな人の手を借りてきた。メンバーではない社内の人たちも「人」や「店」や「イベント」などを紹介してくれ、とても助かっている。
そして誰よりも一番感謝を伝えたいのは、外国人アンケートやスタッフ研修、イベント開催などに協力してくれた「Ale GION BEER KYOTO」のオーナーだ。自分の経験や知識を惜しまず提供し、何度も相談に乗ってくれた。人ってこんなに優しいんだと、つくづく感じることばかりだった。

今関わっている誰一人が欠けても、うまくいかなかったのではないかと思う。それくらいまわりの人たちにたくさんお世話になった。本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。横で見ているだけの私がこんな気持ちなのだから、当事者である夫はそのことをもっと強く感じていると思う。
人とのつながりって大切だな。思い返せば自分の仕事もそうだった。やはりご縁や人との出会いを大事にしていきたいと改めて思う。

「お酒の仕事がしたい」
「メーカーになりたい」
「クラフトビールを造りたい」
夫が口にした夢は現実になった。
でも、まだ一歩目だ。
これから夫は、よりおいしく楽しめるビールを多くの人に届けるために、まだまだ頑張らなければならない。それが協力してくれた人たちへの何よりの恩返しになると思う。また、店がオープンして落ち着いたら、本業もしっかりやっていかなければならない。
二足のわらじは大変だが、自分で選んだ道だし、「どんな状況も楽しめる」という特技を持った人だから、きっと大丈夫だろう。
私は夫の挑戦をこれからもわくわくしながら横で見させてもらうつもりだ。


現在、クラウドファンディングに挑戦しています。クラフトビール会社を立ち上げた経緯や想い、商品の魅力などが書かれていますので、読んでいただければ幸いです。そのうえで、もし「応援したい」「飲んでみたい」と思われたら、ご支援いただいたり、店舗にお越しいただければ嬉しいです。
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