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【ガンはメッセンジャー10】抗がん剤?これで終わりじゃなかったんだ。

12日間の入院生活を終え、家に戻ってからはゆっくり過ごした。日を追うごとに体は回復に向かっているのがわかり、私は人生を生き直しているような気持ちでいた。
世界が眩しかった。
すべてがまっさらに思えた。

遊びまくったゴールデン・ウィークも終わり、さあ、そろそろ仕事も本格的に始めようかなと思っていた5月13日、手術後の初回検診へ行った。
そこで思いがけない結果を告げられる。

私の場合、ガンのステージそのものは「1a」で、グレード(顔つきといわれるもの)は「2」。ガンの種類も「類内膜腺癌」という一般的なもの。卵巣・卵管への転移はなく、ガンは子宮内膜にとどまっていた。
2つだけ取ったセンチネルリンパ節は、10箇所も丁寧にスライスしてみてもらったが、まったく転移はなかった。このおかげで他のリンパ節は摘出せずに済んだ。あの地獄の“前処置”を頑張った甲斐があったというものだ。

ただ、手術中に「腹水」にガン細胞が見つかったので、「大網」という脂肪の塊のような部位を切除したという。この大網に転移していたら大変だったが、ここも無事だった。

夫と一緒にドキドキしながらここまで先生の説明を聞いて、よかった、よかったとホッとしていた。
すると先生が、「ただ・・・」と言い始めた。
そして、用紙に「脈管侵襲」と書いた。
なんでも、摘出した臓器の毛細血管からガン細胞が見つかったとのこと。
それを聞いて血の気が引く。ドキドキする。泣きそうだ。もうこの先を聞きたくない。逃げ出したい。

先生は赤鉛筆を出して、これまで説明のために書いてきた病理診断の言葉の2箇所を赤で囲った。

「術中腹水細胞診(+)」
「脈管侵襲(+)」

そして、その囲みから矢印を伸ばし、「追加治療が必要と考えます」と言いながら書いた。
ぼんやりしていく頭の向こうで、「しっかりしなければ!」と自分を叱咤し、一生懸命話を聞いた。
自分のことだ。自分の命のことだ。

先生の話をまとめるとこうだ。

ガンのステージは初期だし、リンパ節や子宮内膜外への転移もないし、脈管侵襲が陽性だったと言ってもごくわずか。
総合的に見れば再発の可能性はそれほど高くはないが、再発した人の中にはこの同じ結果の人が見られる。
「根治」をめざすのであれば、再発する前に対処しておかなければならない。そのために、3クールだけ抗がん剤治療をしておいたほうがよい。


抗がん剤治療にもいろいろあるけれど、「TC療法」という一般的なもので、副作用も比較的軽いという。
また、既にあるガンをたたくのではなく、私の場合は予防に近いので、普通は6クールやる人が多いが、3クールで終わり。その後は普通の生活に戻ってよいとのことだった。

手術ですべて終わったと思っていただけにショックで、ムダだとわかりつつ、先生に聞いてみた。
「これは、絶対に受けないといけないんですか?」
すると先生は苦笑いしながら、「拒否もできますよ」と言った。
「ただ、私は『受けるか受けないか、どっちにしますか?』と選択肢を挙げてるんじゃないですよ。この治療は必要なんです。医者の立場からは、やってくださいとしか言えません。ただ、あなたにそれを拒否する権利はあります」

こう言われると、もう腹をくくるしかなかった。
私は力なくうなずき、「受けます。お願いします」と返事した。

その後、別の先生から詳しい説明があり、初回の投与は10日後に決まった。
今日は病院から解放されると思って来ていたので、「10日後に入院する」というこの急展開に、気持ちはまだついていかない。
先生は一番気になる副作用についても詳しく話してくれたが、やはり「脱毛」は必ず起こるという。投与後、2~3週間で抜け始めるらしい。頭髪、まつ毛、眉毛、体毛すべて。

あとは、骨髄抑制、手先・足先のしびれ、筋肉痛、吐き気、貧血、爪の変色・変形など。
これは投与後2、3日後から数日間起きるが、個人差があるという。
仕事に行けるくらいの人もいれば、起きられないほどキツイ人も。
何にしろ「ゼロ」ということはなく、多かれ少なかれ、何かしらの症状が起こる。

先生の口からは憂鬱になるような説明しか出ないので、途中でやっぱりやめたいとも思ったが、結局はこの言葉で心を決めた。

「10のもの(再発したガン)をゼロにするのは難しいけど、1のもの(現状)をゼロにするのは簡単なんですよ」

説明後、入院の申し込みと会計の長い列に並んだ。
夫はいつまでもそばにいたがったが、無理やり会社に行かせた。

一人になるとGWに遊んだことを思い出し、ちょっと涙が出た。
楽しかったなぁ……
もう治ったと思って安心してたよなぁ……
また病院に逆戻りか……
いろんな人に元気になったと伝えて、快気祝いまでもらったのに、また報告しないといけないなぁ……
また夫と両親にも心配かけるなぁ……
ああ、仕事はどうなるんだ。脱毛したら取材なんて行けないんじゃないのか……

いろんなことを考えながら、とぼとぼ歩いて帰ってきた。
私はあんまり長生きできないのかもしれないな、とも思った。
抗がん剤治療なんかやめて、「再発したらその時は寿命」とあきらめるほうがいいんじゃないかとも。

だけど、夫の顔を思い出し、勇気を振り絞る。
もう一回頑張ろう。あの苦しい手術や痛みも乗り越えたんだ。今度もきっと乗り越えられるはず。
とにかく「生きる」ことに決めたのだから、前を向くしかない。

やれやれ。

村上春樹みたいにつぶやいてみたけど、ちっとも楽しい気分にはなれなかった。

※これは2016年5月の記録です。振り返って書いています。

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